« 運慶作坐像その後 | トップページ | High-back Caned Chair »

2008/03/20

運慶作坐像その後2

この大日如来、運慶は25歳の時に奈良の円成寺でも彫っている。
彼のデビュー作ともいえる物で、三越が落札した物と同じく智拳
の印相(いんぞう、手の形)をしている。さらにこの像、仏師が自分
で彫った作品に署名をした現存最古の例としても知られている。
まだ駆け出しだった運慶は仏師であった父の康慶の名と共に
「大仏師康慶/実弟子運慶」と蓮台の裏側に墨書きがしている。

このオークションのカタログのX線写真を見ると面白い事が
わかる。そもそも、仏像の構造をあまり知らないのだが、大きく
別けて、一木造(いちぼくづくり)、割矧造(わりはぎづくり)、
寄木造(よせぎづくり)の3種類がある。

一木造はその名の通り、一本の木から彫り出す物、寄木は
材を寄せ合わせて作る方法。そう、この三越像は割矧造で
作ってある。この方法はもともとは一木造と同じだが、表面の
干割れを防ぐ為に、材を縦に真っ二つに割り、中を刳り貫くと
言う荒業が施される。

X線写真では横から見て前から約3分の2のところで縦に割ら
れている。中を刳り貫き、卒塔婆型の銘札や水晶の玉を
収めた後、恐らく、漆などで接着されいくつもの鎹(かすがい)
で上から下まで留められている。

腕は肩から接合と釘で固定され、肘からはまた違う部材、
手首でまた接がれ、手は智拳の印相をしている。脚はまた
違う部材。つまり、頭、体のメインの一本に10近くの部材が、
接がれている事になる。

さて、本当に運慶の作であれば、まず間違いなく中の銘札に
署名や誰による注文で、どのお寺の為に造られたかが書か
れているだろう。しかし、封印がしてあって、恐らく700年余りが
経つ今でも手付かずのままである。なんとか、封印を解かず
に中が見れる方法は無いだろうか??

どちらにしても中身に関しては、乞うご期待で、三越が落札
したと言ってもあくまで日本人の顧客からの代理、その個人の
方から、国立博物館に永久ローンと言う形で展示してもらえる
と良いのだが、、、、、。

« 運慶作坐像その後 | トップページ | High-back Caned Chair »

コメント

はあー。何かスゴい事になりましたねえ。これ買った人が日本の人の文化意識を刺激してくれるといいんですけど。いい機会なんだから、ほんと、徹底的に像その物と、事の次第を分析して、像は博物館ででも一般公開、事件そのものについてはきちんと社会に向けて問題提起するように持っていけたらいいですよねー
 そういうわけで、私のブログであなたの記事を紹介しようとしたんですけど、リンクできないよぉ!なんで?
ブロックしてたりとかする? 

いやいや、そんな小難しい事はした覚えがありません。ブログも使っているのか使われているのか、わからなくなる時がありますから(笑)。そういえば、仏像、個人では無くて、宗教法人の方ですね、落札したのは。どちらにしても、どこに行ったかわからなくなってしまうよりは良いですね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 運慶作坐像その後2:

« 運慶作坐像その後 | トップページ | High-back Caned Chair »

フォト

instagram

2024年3月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ