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2008/05/25

デジタル複製の功罪 その2

番組の中では、イタリアの複製に関しての考え方を、紹介、
比較と言う形を取っていた。昔から、贋作に悩まされて
い続けているかの国では、基本的に複製は、きちっとした理由が
ない限り認められない。認められたとしても、そこへ複製した物
への複製であると言う事の明示が義務付けられている。

番組の中で唯一許された複製は、戦争時に国外に持ち出された
物の寸部違わぬ複製を作り元あった場所へ展示すると言う、そこの
場所を元あった姿に保全すると言う考え方による理由の物であった。

贋作との戦いはイタリアに限った事ではない。美術館、博物館と
呼ばれる場所のほぼ100%が間違いなく、贋作と呼ばれるものを
何かしらつかまされて日のあたらない場所に保有している事は
間違いない。1990年に大英博物館で行われた、「FAKE?」展は
そういう意味では画期的であった。贋作と判明し、展示出来な
かった多くの作品を日の当たる所に出したのであるから。

ニューヨークのメトロポリタン美術館でも、贋作専用の倉庫がある
そうだ。大概の物は、誰かからの美術館への寄贈、もしくは寄贈
されたお金を使って購入される。その道のプロの目をさえも眩まし
てしまう贋作達の話は元メトロポリタンの館長だった
トマス・ホーヴィング(Thomas Hoving)の著書に詳しいので、興味
ある方はどうぞ。

Fake

贋作の歴史は古い。英語では、フェイク(Fake)もしくは
フォージェリ(Forgery)と言う言葉が使われる。権威ある
オックスフォード英語大辞典による定義ではではフェイクは
オリジナルに手を加えた物を指す、と言う事は広い意味では
修理や修復もフェイクに入ると言う。それに対してフォージェリ
はイミテーションや本物に似せて作った物を言う。英語で言う所
Made from scratchである。

日本語でも「複製」と言う言葉は、なんともはっきりしない言葉
である。同じような意味でコピー、リプロダクション、フェイク、贋作、
レプリカと言う言葉を何気なく使っている自分がいたりする。さらに
時代によって使われ方も変化しているに違いない。19世紀、
リプロダクションの家具と言ったらオリジナルと寸部違わぬコピー
の事を呼んだ。もちろん所有者等にリプロダクションの許可を
取っての行為に違いない。

デジタル複製を考える時、京都・龍安寺で先月公開された
「文化財未来継承プロジェクト」の一環である5点のデジタル複製
などはイタリアの例のようなオリジナルの景観の保存と言う趣旨で、
恐らく誰もが納得する例であろうが、日本の文化財は紙と言う脆い
素材を使った物が多い為と言い分にもやはり首を傾げざるを
思えない。さらにそれを商業的に販売すると言うのは何をいわんや
と、言うほかしかない。

著作権を考える場合は、そのデジタル複製を製作する会社が所有
すると言う事になるが、その持ち主である所有者の所有権の前に
は、著作もへったくれも無いはず。ただ、美術館、博物館のやって
いるようなイメージを乱用されない手立てを、お寺さんや、神社が
やっているかと言うと、まずやっていないに違いない。

文化財と言うのは国の宝である。特に日本のような、はっきりとした
長い歴史を持つ国は稀なのに、その流れの中から生み出されてきた
もの達への扱いがなんも酷い事か。物には必ず寿命が存在する。
それ故に、それを作り出されてきたときと同じようなコンディションに
保っていくには多大なる努力とお金を要する。その作業を放棄し、
全てを美術館などに委ねてしまう、確かに一番簡単な方法では
あるが、本当にそれで良いのかと自分に自問してみる必要がある
のではないだろうか。

 

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