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2009/06/12

Niphon and Japan

日本とジャパン

Blog6

1894年ジョージ・フィリップ&サン社発行の世界地図
「IMPERIAL ATLAS OF THE WORLD」。もちろん日本も載ってい
て「Niphon」と表記されている。

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はて、英名のジャパンと言うのはどこから来たのであろう??

一応、ヴェネツィア人マルコ・ポーロが13世紀に示した
「東方見聞録」の中の黄金の国ジパングが元になっているようだ。
彼自身は日本へ渡航はしなかったが、その頃、中国を支配して
いたモンゴル人の日本の呼び方を参考にしたとされている説
が有力のようだ。

16世紀の西洋との直接交流が始まって以来、西洋では漆芸品
の事を憧憬の意を込めて「Japan」と呼んだ。今でこそ、家具を
艶有りウレタン仕上げにしたりすると、ピカピカの物が出来
上がるが、その当時、漆芸品のような光沢を持ったものは皆無
で、交易によって、西洋に紹介され、それ以来上流階級では
垂涎の的アイテムであった。日本が鎖国をした後、漆の模倣や
使い勝手の悪い日本製の漆塗りの家具をパネルとして切り取り
自分たちの家具を飾ってみたりとか、息の長い流行だったこと
が伺える。

日本が正式に「Japan」と言う英名を使い出したのは1889年の
大日本帝国憲法が発布された時からのようではあるが、5年後
に発行された地図ではまだ「Niphon」の名称が伺える。伊能忠敬
が測量により正確な日本地図を作ったのが1820年頃の事。
ドイツの医師シーボルトが地図を国外に持ち出そうとして、
国外処分になったように、その当時の地図は国家機密に属する
物であったはだが、20~30年後には誰でも買えるものになって
しまうとは、、、。

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