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2012/02/04

A Treatise of Japanning and Varnishing

ジャパニング、ヴァーニッシィングの為の指南書

Sam_2379

恐らく、16世紀初頭の種子島への鉄砲伝来を機に、ヨーロッパの
国々との直接の交易が始まったのだろう。鉄砲伝来にしても、
漂着した中国の船に乗っていた2人のポルトガル人が持っていた
火縄銃で、彼らは意図して日本に来た訳でも、鉄砲を持って来た
訳でもない。2人はキリスト教の布教の為の宣教師だったのか。
種子島の領主は金2000両の大枚を払って、これを購入した訳
だが、受け取ったポルトガル人の反応はいかがなものだったで
あろう。

15世紀の中頃から始まった大航海時代をまず最初にリードした
のはスペイン、ポルトガルである。大航海時代と言うと聞こえは
いいが要は植民地主義時代の始まりで、ヨーロッパの国々は
こぞって外洋に繰り出す。中南米は先の2国に独占され、アジア
にも虎視眈々と手を伸ばす。その先駆が宣教師で、宗教を改宗
させ、自国の言葉で支配していく。銃一丁で金2000両受け取った
ポルトガル人はこれは旨い話だと思ったに違いない。

果たして彼らは、日本と言う国を知っていたのであろうか。古くは
13世紀のマルコ・ポーロの「東方見聞録」で少し記録があるのみ。
しかし、15世紀の終わり頃、アメリカ大陸を発見したジェノア人の
コロンブスさえも、マルコポーロの本を持っていたと言うから、
海を目指す男たちにとって必携のバイブル的な本だったに
違いない。その黄金の国ジパングから金2000両持ち帰ったので
あるから、その噂が瞬く間に広がったに違いなく、外国人が我先
に押し寄せる結果となったのである。

そこで、彼らは金でなく、銀を、そして漆の黒を発見するのである。
ここから南蛮貿易が始まり、彼らの意向による南蛮漆器が作られ
輸出されるようになる。イギリスでこの本が出版された1688年は、
それから100年余りを経ていて、日本はすでに鎖国に突入し、
中国、オランダのみが出島で少し交流があるのみ。イギリスの
東インド会社も17世紀初頭には日本から撤退。日本の漆を模した
物をジャパニングと呼ぶように、上流階級で一世を風靡し、
その名は残したものの、マーケットには中国製の日本風な漆器
が数多く出回っていた頃である。

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それ故か、付帯する24のサンプルの絵柄もいたって中国風に
なっている。専門家の為の技術書と言うよりは、素人の趣味の
為の一冊であるため、多くの事が浅く広く盛り込まれている。今、
現代の修復家や研究家にとっては、その頃のジャパニングや
家具の仕上げ塗装のトレンドを知るには恰好の一冊で、
アート・サプライヤーである"Alec Tiranti Limited"社によって
再版されていて手頃な価格で買えるのが嬉しい。

何でもかんでもアンティーク家具を、フレンチ・ポリッシュで
仕上げてしまうのが間違いだ、オリジナルでは無いと言うのが
良くわかるはず。

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