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2018/08/05

François Linke

フランソワ・リンケ


フランソワ・リンケ。日本語のウェブサイトではほとんど見かけることがないこの名前。実は、フランス語でエボニスト、高級家具作家である。


とはいっても、100年前ほどの話。


今でも、彼の作品は、世界中のオークション等で高額で取引されている。



2015年の
家具道具室内史学会の学会誌の特集は「赤坂離宮での室内装飾」であった。その赤坂離宮、現在では、迎賓館赤坂離宮と呼ばれ、公務で使用してない時には、一般参観することが出来る。


造営された当時の家具が、
博物館明治村に多く収蔵されているのだが、その一つのテーブルの中から、一枚の紙きれが見つかり、日付と住所が確認されたと、報告されている。


日付は、1904年 6月 パリ

住所は、170番地 フォーブル・サンタントワーヌ通り パリ



1855年生まれのリンケ。


26歳の時に、初めて自分の工房を持つことになる。そしてそこは、亡くなる1946年まで、維持することになる。


そう、その住所が170番地、フォーブル、サンタントワーヌ通りなのである。

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1900年頃の、170番地。

真ん中のホテルのサインの下に、こっそり「F・LINKE」と見える。

その赤坂離宮の造営に関わったフランス人の室内装飾家フルディノアは、元家具作家、その後は、政府雇われ家具批評家。1889年のパリ万国博覧会の際には、リンケの家具をべた褒めし、「これはリンケ・スタイルだ。」と言わしめたほど。

1900年のパリ博の際には、リンケに自分の出展の為に発注をしているぐらい。

このフルディノアが得た日本政府からの大仕事。リンケに、家具の製作をお願いしている可能性は否定出来ない。

以前ブログにも書いたマリー・アントワネットの小椅子。

リンケもリプロダクションとして同じものを作っている。

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ちなみに製作費は、1908年頃には280フラン。小売価格は450フランだったそう。

赤坂離宮に収められた桐の紋の小椅子、4脚収められている。値段は一脚350フランで合計1400フラン。

リンケは、フルディノアを通じた日本コネクションを使ったのか、1908年には、東京、芝の蒔絵師・赤塚自得にコモド(足付き洋箪笥)の正面引き出し前面部のの漆塗りを発注している。

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さらに、彼の死後、海外への輸出先とその金額を調べてみると、東京にも家具を送っている事が判った。

21875フラン分。

それほど高額ではないが、リンケがフルディノアから注文を受けた可能性も否定出来ない。

さて、家具から、調べるか、ドキュメントを追っていくか。

本当に、フルディノアは誰に、家具を作らせたのか。

判るまでには、もう少し時間がかかりそうだ。

 

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