伝統的
Traditional
家具職人見習の丁稚の朝の最初の仕事は、工房の火をおこす事。
そして、接着剤である膠の準備をする。
50~60度で溶ける膠は、70度超えると接着力が落ちる。今の様にIHクッキングヒーターに、温度設定してスイッチ「ポン」と言う訳にはいかない。
膠の管理は、彼らにとっては重大な仕事であったはずだ。
今の、家具修復工房では、パールグルーと呼ばれる粒膠を使っていることが普通である。工業生産で作られた膠である。
それに対し、手工業で作られたものは和膠と呼ばれる。不純物も多く、ゼラチンの純度も低く、固まるまでにやや時間を要する。
座枠をバラバラにされた、ウイリアム4世時代の椅子。
彼の在位は1830年代だから、かれこれ200年近く前の椅子になる。
この手のダイニング・チェアと呼ばれるもの、一番最初にがたが来るのは、写真の後ろ足の真ん中に四角いほぞ穴がある、この接合部である。
ちょうど椅子の腰部分。
硬いローズウッドを、きちっと加工してある。
左側に見える斜めにある穴のようなものは籐張り用の物。輪切りになっている。
幸いなことに、今までずっーと膠で修復されてきていて、ばらばらにするのに何の難もなかった。
その四角いほぞ穴に入る、ほぞの部分を上から見ると、座枠の構造材はブナ材なのが判る。表面にローズウッドのべニアが化粧べニアとして貼られている。
とはいっても、横から見ると数ミリあるほど厚いもの。
先ほどの斜めの籐用の穴に半割れが見える。
ほぞはブナ材だが、表面はローズウッド。
これが、純度の高すぎる今の膠の難点だろう作業時間の短さ。
椅子は大概一挙に組み上げる。
新品であれば、部分ごとに組み上げても問題ないのであろうが、使われてきた椅子というものは全体がいいバランスで組みあがっている。直角(90度)であるべきところが、そうでないことも多い。
歪んだなら歪んだなりでバランスが取れているので、一挙に組み上げないと、床に置いたときに3本脚しか床につかずガタガタ揺れたりする。
膠を使った組み上げは一発勝負。
昔の工房であったら、組み上げ専用の部屋があったに違いない。冬でもある程度の温度に保たれた部屋。
それを気にしなくていい、現代の工房。
はた金や締め付ける道具を用意し、仮組をする必要がある場合も多い。
全ての接合部をお湯で濡らし温める。少しでも作業時間を延ばす知恵。
膠を塗布し、組み上げる。
はた金を使って個々の接合部をキンキンに締め上げるとバランスが崩れるので、バンドクランプで座枠を固定してから、確認のためはた金で個々の接合部を締めてあげる。
洋膠は、和膠に比べると、純度が高い分、保湿性が悪い。さらに、暖房のきいた乾燥した場所ではさらに顕著で膠が乾いてしまうのが早いのではないかと思う。
一回直すと、数10年は使い続けられる椅子も、この洋膠と現代の環境では、その半分ほどしか持たないのかもしれない。
伝統的、トラディショナルという言葉の危うさに、はっとした瞬間であった。
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