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2020/05/09

江戸後期輸出漆器概論その12(仮)

Introduction of Export Lacquer in late Edo Period Part 12(Draft)

 

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一般に、日本からの輸出漆器と聞くと、ポルトガル人、スペイン人を相

手にした南蛮漆器や初期のオランダ人を注文主とした紅毛漆器を思い

かべるはずである。


近年、オランダのアムステルダム国立美術館の購入した蒔絵櫃。17世

前半に将軍家のお抱え蒔絵師であった幸阿弥長重の手によるものと

される一品であるが、オークションにかけられる前にはTV台として

使われていたとか、その落札価格(およそ9億5千万円)からも話題

になった。


海外で盛況な日本美術のセールでは、その頃の輸出漆器群はいつも目

となる。それに比べると、18世紀後半から始まった青貝細工を中心

とした漆器群は今まで日の目を浴びて来たとはいいがたい。骨董市場

に残る数、価値、それにまつわる研究、どれをとっても前述の2つ、

南蛮、紅毛とは比較にならない。それ故に、名前さえもついていない。


16世紀、17世紀に輸出された蒔絵で装飾された両扉付き、その内側に

多くの引き出しを持つタイプのチェストがどれだけヨーロッパに現存

しているか見れば、輸出時の規模の違いは一目瞭然である。

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それでも、故オリバー・インピィ氏がナイフ・アーンの論文を発表す

るまでの研究時期を第一段階の第一期とすると、その後の第二期に

は、インピィ氏とライデン大学の教授であった

クリスティアン・ヨルグ氏の共著「Export Japanese Lacquer

1580 – 1850」(2005)、日高薫氏の「異国の表象―近世輸出漆器

の創造力」(2008)、勝盛典子氏の「近世異国趣味美術の史的研究」

(2011)、岡泰正氏の「日欧美術交流史論―一七~一九世紀における

イメージの接触と変容」(2013)の四著作が刊行され、認知度的にも、

学術的にも飛躍的な進歩を遂げた。そして、その後の第三期と思われ

る今、新しいアプローチで、違った角度からもう一度見直す時期では

ないかと思われる。


今まで、商館長ティツィングが、日本へ来た最初のフリーメイソンで

あった事、この時期の輸出漆器の中にフリーメイソンのシンボルが描

かれているものがある事以外に、フリーメイソンとその輸出漆器群の

関与を大きく論じた研究者は見当たらなかった。しかし、最近、オラ

ンダのグランド・ロッジに残る資料を調査し、オランダ東インド会社

の活動範囲である南東アジアを中心とした地域でフリーメイソンに関

わる、文化、通称交流について論じているアンドレア・クゥーン氏の

手法は注目に値する。


一連の、オランダに残る脇荷貿易の資料を掘り起こしている石田千尋

氏。最新の論文によると、1936年を境に私貿易であったはずの脇荷貿

易が、会社の契約した賃借人の仕切りになってしまった事やどうもこ

の時期の小間物屋株を持っていて漆器を扱っていたのは笹屋親子と

青貝屋の3社であったことなどが確認されている。今後まだまだ、新

発見がありそうである。


また、作られた輸出漆器の形は、ヨーロッパの形と一括りに、家具と

しての視点から見た考察は詳しく研究されてこなかった。錺金具にも

共通するこの視点は、家具史では一般的な考察だが、漆器を漆の装飾

物としてとらえ過ぎると、その下の木地や錺金具などに注意がいかず、

気が付かないことも多い。下地に、手間を省くために紙が貼られてい

る事などの技術的な相違も、まだまだ研究の余地がありそうである。

 

 

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