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2020/05/03

江戸後期輸出漆器概論その10(仮)

Introduction of Export Lacquer in late Edo Period Part 10(Draft)

 

西洋の形を模倣することにより、始まった江戸後期の輸出漆器。

プラーク群はある程度オリジナルとしても家具に関して言えば、初期に

作られたと思われるものは、かなり詳細にわたって注文されているのが

判る。サイズや、飾り金具は、完全コピーと言えるほどの出来栄え。

デブロー、ダービーの両船長が持ち帰ったとする家具を例に挙げると、

ナイフ・アーンや半円形のカード・テーブルの出来は秀逸。

5

ナイフ・アーンの構造材を確認してもわかる通り、ナイフを入れるた

めに細いヒノキ材を組み合わせた物にクランプ代わりに使ったのか、

和紙を巻かれているのが確認出来る。この時期の輸出漆器の材、基本

的にはヒノキ材をメインに使われている。

 

ピーボディ・エセックス博物館のカード・テーブルも針葉材を使って

いることが報告されているが、清ではこの手の漆器の家具材としては

クスノキ材を使うことが多かった。どちらにしてもアジアやインド、

アフリカ等の他の東インド会社の暖かい植民地で作られたものでは

ない。間違いなく日本で木地から作られ、漆が塗られ、青貝細工や

蒔絵が施されて製作されている。

4_20200503140701

初期の頃の物は、種類自体も多くなく、数もほとんど残ってい

ない。青貝屋の資料を見る限り、大きなテーブルや箪笥の文字が散

見するが、実際、現在残っている数を見るとそんなに多く注文され

なかったと思われる。転機は、やはり長崎の業者が本格的に参入し

始めた1840年代以降の事だろうか。デザイン的には、青と赤を使っ

たかなり派手目の伏彩色の青貝細工。花鳥をメインとしたデザイン

が特徴的。その頃の需要を踏襲した形なのだろう。特に、艶やかな

青の使用は、19世紀初頭にフランスで発見された廉価な

合成ウルトラマリン・ブルーである。1840年代頃から、ヨーロッパ

から輸出され始め、日本には1850年頃に輸入されたとされる。伏彩

色青貝細工において青の使用は、ある程度の製作時代の推測の手掛

りとなりえる思われる。

3_20200503141201

もともと膝机などは定番商品だったせいか、最初の形から、その後

に、元からとはかなりかけ離れたデザインまでは変化していない。

清製でも多く作られた裁縫机と呼ばれるタイプとは、デザイン的に

もかなりクロスオーバーがあるのだが、構造的にも、サイズ的に見

ても、清製の物が日本にそのまま持ち込まれた感じではなさそうで

ある。(もちろん持ち込まれたと思われるものは存在する。)多く

の日本の物は、裁縫箱として作られたものに足がついている感じで

ある。ヨーロッパでも、清製でもあまり見ることが出来ないタイプ。

 


そもそも、この手は裁縫机と呼ばれているように、上で作業するこ

とを前提としているので、ヨーロッパのタイプは上の天板の下は引

き出しであるのが一般的。ただ、清製では、引き出しではなく、裁

縫箱を大型にし机的にデザインされたものが存在する。と同時に、

足付き台の上に乗せた裁縫箱と言うタイプがいくつかあるので、日

本のタイプの原型はそれではないかと思われる。こういう日本独自

的なデザインを見ると、フィッセルの言っていた持ち込んだ雛形と

言うのはどこまで詳細であったか疑問である。しかし、これはこれ

でオリジナリティがあって個人的には悪くない気がする。

2_20200503140701

センター・テーブルでは、かなり奇抜なデザインの物が見られる。

50年代の出島以外の港の開港により、他の地域の漆工業者が乱れて

参入し奇抜なアイデア合戦になったことが想像出来る。今までのデ

ザインの蓄積がない業者が、見よう見まねで作ったものだろうか。

出島の出入り商人だった浅田屋に伝来した1856年(安政3年)の

「青貝蒔絵雛形控」には脚に蝙蝠をデザインしたテーブルが記載さ

れている。もちろん、このようなデザインはヨーロッパには存在し

ない日本のオリジナルである。脚がそのまま何かの形状というデザ

インは存在しないが、天板下から脚に至る柱の部分が、フランスの

エンパイア様式の白鳥、イギリスのリージェンシーの頃のイルカ

(空想上の)や獅子、そのちょっと前の時代の鷲なんて言うのは存

在するが、それを参考にしたとは、あまり考えられない。

1_20200503141201

蝙蝠だけでなく、雲形や蝶々、龍など。変わったものでは、イギリス

チャッツワース・ハウスに伝来していた原寸大の三匹の猿回しの猿

が天板を支えているテーブル。勿論天板は青貝細工の装飾。まだまだ、

アッというのがあるかもしれない。

 

 

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