雑記

2009/09/29

Netsuke

根付

すっかり英語の単語として定着した「Netsuke」(根付)。そもそも
日本固有の物でありながら、今現在、国外の方に多大な
コレクションが存在するが故に当然と言えば当然か思うけど。

あの細野不二彦氏の名作「ギャラリーフェイク」(アートに興味が
ある人なら間違いなく一度読んだ方が良い)で、携帯電話の
ストラップの起源が江戸時代の根付に有り、時代を経て続く
日本人の国民性みたいな話があった記憶がある。もちろん携帯
のストラップは機械で作るのだろうが、根付はハンドメイドで、
象牙、黄楊や一位などの素材に彫られる。

薬マニアだった徳川家康の勧めで諸大名が印籠に常備薬を
持ち歩くようになり、それを帯に留めるための留め具として
根付は発達した。留め具と言っても印籠の紐を通し、その根付を
下から帯の内側を通し上にちょこんと出た状態。これで印籠は
落ちない訳である。江戸初期は糸印(いんし)と呼ばれる、明との
貿易で使った割り印の印鑑が使われていたようだが、
デザイン・コンシャスな江戸時代の男達、それでは満足しなくなり
機能性プラス装飾性の根付が江戸中期頃から流行した。
明治以降になると、輸出向けなのか、機能性とはほど遠い
大きなものや尖がりがあるものなどがみられるようになり、洋服
への移行と共に衰退していった。

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この精巧さは、工芸として一級品。デザインのアイデアも
自然の動物や昆虫、神話、寓話的な物まで、多様にわたる。
海外では馬などこちらの人に馴染みが深いテーマの根付が
高く値で取引されている。ちなみに、オークションで最も高い値の
付いた根付は1990年、ロンドンのサザビーズで売られた馬の根付。
約260000ドル也。

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上の根付実はこんな大きさ。

2009/09/18

A piece of history

歴史の断片

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パドゥーク(Paduk)製のティー(チャイ)・テーブル?
黒檀のストリンギング(Stringing)。
真鍮とピューターのインレイ(Inlay)。

天板の裏には、、、
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"MADE IN BRITISH INDIA"のラベル

1858年 イギリス政府がインドを直接支配
1877年 インド帝国の樹立(ヴィクトリア女王が皇帝即位を宣言)
 :
 :
1947年 インド独立法 インド連邦・パキスタンが分離独立
1948年 セイロン(現スリランカ)が独立

今のイギリスの若い世代は知らないかもしれない、、、、。

2009/09/15

木の色

Colours of timbers

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似たようなフランスの小さなサイド・テーブル。

上の写真の家具は主にローズウッドのベニアで装飾されて
いる。下の物はチューリップウッド。

ローズウッドと言えば、濃い茶色を思い浮かべるし、
チューリップウッドと言えば鮮やかなピンクの縞を思い出す。

2つ共、優に100年以上経っているいわゆるアンティーク。
木目こそ若干違うものの、同じ色に見えてしまう。結局、木材は
有機物である以上、燃えてしまうと炭になってしまうのはどの
種にも共通することで、雨曝しなどにすると、最終的には白く
なってしまうに違いない(例えば流木!!)はずで、その過程と
とらえるとこの時点で同じ色になっているというのも納得出来る。

色が濃い材ほど退色しやすい。色が薄い材ほど色が濃く変化
していく。これにはどんな意味があるのだろう。自然界の動物や
鳥、昆虫の容姿には意味があり、大概の場合は、餌を取る為、
もしくは外敵から身を守る為に上手く隠れやすいようにというの
が主である。しかし、容姿はほぼ一緒の木々の材の色がこんな
にも違うのは何か意味があるのだろうか??、と考えてしまう。

2009/09/10

3 inches

3インチ

某クリケット博物館の展示物の一つに3インチの刃幅のある
に鑿があった。クリケットは野球の前身のようなスポーツでボール
を柳の木(Willow)で作ったバットで打つ。はて何に使うのだろう?

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右は刃幅が42mmの鑿。

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「W.Maples & Sons CAST STEEL」のスタンプが見える。

こんな幅の広い鑿見たことがない、と思ったら、日本の工具も
扱っているドイツの工具屋さん「DICK」で90mm幅の鑿が売って
いた!! 宮大工用で柱などの材の組み手継ぎ手の加工などに
使うようだ。ちなみに値段は税抜きで411.76ユーロ也。

2009/08/23

嗚呼、、、、

ああ、、、、

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壊れた脚。

ジョージアンの3本足のテーブル。

ライオン脚の彫刻。

良い出来、良い色、、、、、

であるが、破損してしまっている。

接合部はズレ、エポキシ樹脂ボンドによる接合。

嗚呼、醜い。

正しく、正しい物を正しい場所に使わないと、、、

次に修復(修理)する人間が大変になるだけでなく

間違いなくその物の価値を落とす。

価値が落ちると言う事は半額(半額であれば御の字)

でしか売れないと言う事になる。

やり損。

是非、専門家にアドヴァイスを頼みましょう。

2009/08/19

Drug run 再び

ドラッグ・ラン再び

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納品されたドラッグ・ラン。壮観である。

しかし、これを維持しつつ、普通のビジネスをするのはいたって
難しい事である。引き出しの前面には金箔張りとペインティングで
その引き出しに入っているであろうものの名前が書いてあるが、
それは100年以上前の話である。

今の薬達にはまったくそぐわない。さらに、今の薬局には
とてつもない種類の薬その他が存在する。入れても正面に名前を
書けないのでは忘れてしまう。

昔の物を昔のままとっておくほど大変なことはない。

お金も倍かかるに違いない。

しかし、とって置き、お金を費やさないと、私達の生活は
味気ない物になってしまうと思うのは私だけではないはず。

記事「Drug Run」→

2009/07/31

Dendrochronology

デンドゥロクロノロジー(年輪年代学)

先日、市の雇われ業者が来て、うちの庭にある(厳密に言うと
お隣の庭だが)恐らく樹齢100年を超えるオークの木のトリミング
をしていった。

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その後、落ちていた太い枝のスライスした物。年輪を数えて
みた。ほぼ自分の歳と同じ数。そんだけかかってやっと
直径20cm程度の太さの枝になる。オークは成長の遅い樹として
有名である。そのせいか、長い時間がかかって育った木は木目
の真っ直ぐ通った、耐久性の強い、とてもいい材になる。英国
では中世までにほぼ伐採されてしまって、ヨーロッパから輸入
していたぐらいである。

そして、デンドゥロクロノロジー。おそらくは樹木学(Dendrology)と
年代学(Chronology)からの造語である。名の通り年輪を見て、
その木の育った年代を推測するという学問である。年輪を見て
そんなのが有ったなあと思いだした。

木は一年に一つ年輪を刻みつつ大きくなる。そして、その年、
その年の状況(自然災害が主)で年輪の幅が大きくなったり、
狭くなったりする。その現象はその地域に存在しているすべての
樹木に同じように刻まれるはずである。地域、国毎に年輪の
パターンを調べ、その元になるパターンにマッチさせる形で
その樹木の生存していた時代を推測するというものである。

オークや楡、西洋トネリコ等年輪がはっきりした木が、この
推測方法に向いている。が、最大の難点は、例えば家具であれば
年輪がはっきり見える形でサンプルを採取しなければいけない点
である。修復・保存の観点から見えればダメージは少なければ、
少ない方がいい訳で、使えるのは、材の小口がまだ見える
(隠されていない)17世紀のオークの時代ぐらいまでとなる。さらに、
この方法はあくまで補足的な方法で放射性炭素年代測定他の
年代推測方法のバックアップを必要としなければならない。

地球温暖化などといった問題を踏まえて、自然との付き合い方を
考え直している今現在、年輪から過去の環境を推測する等と
いった応用法が注目されているということを付記しておく。

もっと知りたい方は↓
‐年輪年代学入門‐

2009/07/30

Drug run

ドラッグ・ラン

ドラッグ・ラン??、なんて聞くと、何か悪いことをして走っている
ようなイメージを想像してしまうのは私だけでなないはず。

その昔、薬局(Dispensary、薬を調剤して、分与する所と言う意味)
のカウンターの後ろには何十個のも小さな引き出しが有り、
そこの一つ、一つに薬が入っていた。その引き出し群の事を
ドラッグ・ランと呼んだそうだ。

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無垢のマホガニーの前板に型で作られたガラスの取っ手。
オイル・ギルディング(金箔張り)と油彩で、そこに入っている物の
名前が書かれている。英語なのか、ラテン語なのかはっきりせず
何が入っていたかはわからないが、その当時の雰囲気をよく醸し
出している。

上の写真は、某薬屋のドラッグ・ラン。今だ現役。ただ、長い間
に、上からラベルを張られたりと壊れたりとで、少しお色直しに
やって来た。引き出しは全部で52個。52個違う薬があると言う事。
どんな病気の為の薬だったのか是非知りたいもの。もう少し
リサーチせねばと思う。特に、ヴィクトリアの時代はかなりの
精神的な疾患を持つ人が多かったと聞く。どんな薬を使って
いたのか興味深い。

ちなみにヴィクトリアの時代の薬局はこんな感じ。左側に
ドラッグ・ランが見える↓。

Chemist

2009/06/12

Niphon and Japan

日本とジャパン

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1894年ジョージ・フィリップ&サン社発行の世界地図
「IMPERIAL ATLAS OF THE WORLD」。もちろん日本も載ってい
て「Niphon」と表記されている。

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はて、英名のジャパンと言うのはどこから来たのであろう??

一応、ヴェネツィア人マルコ・ポーロが13世紀に示した
「東方見聞録」の中の黄金の国ジパングが元になっているようだ。
彼自身は日本へ渡航はしなかったが、その頃、中国を支配して
いたモンゴル人の日本の呼び方を参考にしたとされている説
が有力のようだ。

16世紀の西洋との直接交流が始まって以来、西洋では漆芸品
の事を憧憬の意を込めて「Japan」と呼んだ。今でこそ、家具を
艶有りウレタン仕上げにしたりすると、ピカピカの物が出来
上がるが、その当時、漆芸品のような光沢を持ったものは皆無
で、交易によって、西洋に紹介され、それ以来上流階級では
垂涎の的アイテムであった。日本が鎖国をした後、漆の模倣や
使い勝手の悪い日本製の漆塗りの家具をパネルとして切り取り
自分たちの家具を飾ってみたりとか、息の長い流行だったこと
が伺える。

日本が正式に「Japan」と言う英名を使い出したのは1889年の
大日本帝国憲法が発布された時からのようではあるが、5年後
に発行された地図ではまだ「Niphon」の名称が伺える。伊能忠敬
が測量により正確な日本地図を作ったのが1820年頃の事。
ドイツの医師シーボルトが地図を国外に持ち出そうとして、
国外処分になったように、その当時の地図は国家機密に属する
物であったはだが、20~30年後には誰でも買えるものになって
しまうとは、、、。

2009/05/25

あの後、、、

あの後、、、

あの運慶の仏像のオークションによる海外流出騒動から、
早一年と数カ月余り(オークションは2008年3月18日に
ニューヨークにて開催)。ここのところ、国宝である興福寺の
阿修羅立像の東京での展示を始め、平泉中尊寺金堂の
仏像の展覧会などちょっとした仏像ブームの感さえある。

困った時(不況の時)の宗教(仏像)頼みなのだろうか??

あの時、提起された問題はどうなったのであろう。

ここ近年、新興財閥であるロシア人、中国人が、海外に流出
してしまった自国の美術品を、そこここのオークションで買い
戻しているの見て、日本も、今後ああならなければいいなと思う
次第である。自国の伝統を、海外に見に行かねばならないという
は、何とも変な感じであろう。

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オークションにかけられる日を静かに待っているのだろうか。
一人佇む不動明王像。

2009/05/02

お悔やみ

(注:家具とは全く関係無い話です。)

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また一つ大事なものを失った感じ、、、、。



ピンクのスカーフ。

ピンクのジャケット。

彼によく似合っていた。



合掌。

2009/04/24

箱根寄木細工と、、、

Tw2

日本の箱根寄木細工と遠く離れたイギリスはケント州の
タンブリッジ・ウェア(Tunbridge ware)は偶然と言うには出来過ぎ
なほどよく似ている。

初期のタンブリッジ・ウェアは17世紀中頃から存在すると言う。
しかし、色々な色の木の棒を寄せ集めて、糊付けしたものを薄く
輪切りにし、装飾として箱などに張り付ける方法がきちんと確立
されたのは19世紀の初めであるそうだ。

タンブリッジ・ウェアが寄せ集めた種木を鋸で輪切りにしていく
のに対して、箱根寄木細工はかんなで薄く切っていく。つまり、
タンブリッジ・ウェアは小口が表面に来るのに対し、どうやら
箱根の方は柾目なり板目が表面になるように種木を作る感じ
のようだ(間違っていたら誰か教えてください、たまたまお土産
に買ったコイン入れはそうだった)。

製作する方法も似通っているなら、スタートした時期まで似てい
る。しかし、タンブリッジ・ウェアは幾何学模様から、風景画など
を四角いドット(おもちゃのレゴで作った感じのギザギザの絵)で
表現していくようになる。その後は職人の不足から新世紀に
変わる頃から衰退していったそうだ。

上の写真は、ティ・キャディにモザイク模様が張り付けてある。
箱根寄木細工のようにこれでもかと言う具合に全面に張り付け
てはいない。他の木の部分(恐らくマホガニーかウォルナットだと
思うが)ベニア張りで、象嵌にように元の箱の躯体を削って
装飾の部分を埋め込んでいるわけではない。

箱根寄木細工とタンブリッジ・ウェア、どちらも本を一冊づつ
読まねばならないようである。

2009/04/21

箱根寄木細工

Hakone Wooden Mosaic(?)

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以前、神奈川に住んでいたので、箱根寄木細工の事は知っていた
し、見たこともあったが、たまたま箱根に立ち寄った機会にちゃん
と調べてみようと思った。

箱根町元湯本にある「一茶」と言う箱根寄木細工の専門店で
もらった簡単な説明によれば、箱根寄木細工は江戸の後期に
箱根畑宿の石川仁兵衛(1790-1850)が創始したと言われている。

厳密にいえば19世紀の初め頃に作り始められたと言う事。
理由としては様々な木が生息する地域だからなのだろうか。

色々な色の木々を寄せ合わせ幾何学模様を作る。これを薄く
かんなで削り取ったものを張り付ける(ハリ)方法と寄せ合わせた
塊をそのまま削り出す(ムク)方法がある。

当時はその周りの山から切り出された木を使っていたそうで、
白を出すにはマユミやミズキ、黄色にはニガキやウルシ、茶は
エンジュ、緑はホウと言う具合に、他の国ではあまり見られない
国産樹のオンパレードであった。現在では、以前は存在しな
かった赤色を出すのにパドゥーク等の輸入材を使っているそう。

以前から一つ疑問に思っていた、イギリスのタンブリッジ・ウェア
(Tunbrigde Ware)はこの箱根寄木細工によく似ていて、この2つ
は何か関連性はあるのかという事については、よくはわからな
かった、が、この2つを繋ぐものにイスラムのアラベスクの
モザイクがあるような気がしてならない。下はシリアの家具の
装飾。

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上記の「一茶」で一冊、本を薦められたので読んでみようと思う。

2009/03/18

家具の値段

A Price of Furniture

先日、友人にちょっと頼まれた。今、インターネットの
オークションでテーブルと椅子をビットしようとしているらしく、
これはどうかなあと言う相談だった。話していて、思ったのは
結構家具がいくらするか知らないと言う事。

まあ、家具なんてそうそう買うもんじゃないからって言うのも
わかるが、あまりにもアイデアが無さすぎるように思える。

物の値段と言えば、その物の素材代に、労働力、加工費、
技術料の上にデザイン料が乗っかる感じだろう。それに加えて
流通のコストやらなんやら加えられると1000円2000円じゃ普通
の木の椅子一脚買えないだろうと言うことが想像できる。

イケアですら、一番安い木の椅子が、松製で3000円。それでも、
家具に携わる者として、どうやったら3000円で一脚作れるのか
不思議に思ってしまう。機械をフルに使い、極力難しいデザイン、
人手のかかる作業を避け作る。一脚一脚は安いが、機械等に
べらぼうに先行投資しているから、薄利多売になる訳で。
纏まって売ってやっと利益になる。もしくは、一脚一脚手作業で
渾身込めて作りあげ、その作業に見合った値段で売るが、
そんなに多くはいっぺんに作れない。

どっちがいいのかはわからないが、機能的には全く一緒の物に
値段で雲泥の差が出る訳で、その違いは材料やデザイン
だったりする。材料はわかるが、デザインは何だと言う話になる。
そもそもデザイナーと言う職業が登場したのは、世界大恐慌の
際、物が全然売れなくなり、機能は一緒の物を、見てくれを
リ=デザインさせる事によって、リフレッシュさせ販売促進させる
と言う事を目的としたのが始まりで、決して付加価値を増幅させる
ものではなかったはず。それが今や、デザインが独り歩き
しているように見えてならないのは僕だけではないだろう。

確かにアンティーク家具の値段と言うのはあってないものだから
一番難しいはず。しかし、オークションと言う機能がその色々な
人の雑多な値段と言う価値観を一定の定規の上で測る一つの
システムになっている。そのオークション・システムが一般には
あまり普及しない日本には、アンティーク家具の値段を測る物差し
が存在しない。

さて、これから家具を買おうとするとき、これは高いのか安いのか
頭を悩ませるかもしれない。買うか、買わないか。買って後悔
することもあれば、買わないで後悔することもある。あまりにも、
既製品の消費社会にどっぷり浸かりすぎた現代人には、全く
持って難しい選択かもしれない。

2009/03/11

Shagreen

シャグリーン(梅花皮(かいらぎ))

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シャグリーンと呼ばれる物。家具史上、あまり出てくるもので
はないが、何とも言えない柄で個人的には好きな表面装飾で
ある。アール・デコの家具で時々見ることが、それ以外の時代
の物では非常に稀である。緑色の染料で染めてあることが多い
のでシャ"グリーン"と呼ぶと思っていたのだが、この言葉は
トルコ語のsaghriから来ているそうで、動物のお尻と言う意味で
ある。

もともと、このシャグリーンはペルシアで作られたなめされて
いない馬のお尻の革の事を呼んでいたそうで、基本的には
緑で染められていたらしい。中国や日本では刀の鞘や柄等
に昔から利用されてきました。魚のうろことは違って、丸い
隆起状の玉が連なっていて、背中の背骨の上の部分が一番
大きな隆起。そこからおなかに向って隆起が小さくなります。
その隆起状のうろこを削り飛ばし平らにしたのが梅花皮
(かいらぎ)と呼ばれる物。これに漆を塗ったものがあって
もしかすると、アール・デコの時代にヨーロッパで流行した漆
とシャグリーンは出所は一緒かもしれないなあと思ったのでした。

2009/01/29

嗚呼! 無情

Marciless

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嗚呼、無情。

最初からかなり酷い状態だった。

おそらく長い間、雨曝しになっていたんだと思う。

ウォルナットの木枠の後ろの部分は完全に腐って、グスグスに
なっていた。

このソファ、アンティーク愛好家の間では知られているMiller'sの
「Antique Source Book 2003-2004」によれば、1950年代の
イタリア製のソファ。デザイナーは何とジオ・ポンティ、、、、。
リテイルでは5500ポンド也。

恐らくと言うか、当然ながら、今じゃ5500ポンドの価値は無い。

オーナーは知らなかったんだろうな、、、、、。

それにしても、ソファのフレーム。酷い造作である。生地で全部
隠れてしまうからいいのだろうけど、その辺に落ちてた角材を
切ってつけたような隅木。釘でばんばんと。こうやって中を見て
しまうと、5500ポンドの価値はデザイン代であって、クオリティー
ではないと言うことがよくわかる。

一応フレームは残っているが、また生地を張るのだろうか??

それとも、焚き火の中へ、、、。

嗚呼、無情。

2009/01/24

思い出した

思い出した

ここ2,3日、会社の材木のストックの整理に追われていた。

今の、ワークショップに引っ越して来て数十年、ストックした材木
やベニア、ブレーカー(Breaker 壊れてしまったアンティーク家具
などからパーツ取っておいた物、もうほとんど買える機会がない
キューバ産マホガニーのパネル等)が山のようにある。

修復に主に使う構造材はマホガニー、オーク、パインにブナの
4種類。比較的にすぐ手に入るブナ以外はセクションを作って
保管してある。出来のいい家具は、引き出しの側板や底板に
マホガニーやオーク、杉などが使われる。そんな物も、パネル毎
にバラバラにされ棚に入れられる。

装飾材に使われる材は多い。椰子(Palm)等のほとんど
使われない物から、18世紀には比較的に多く使われる
キングウッド(Kingwood)、チューリップウッド(Tulipwood)、
19世紀初頭の黒檀(Ebony)やローズウッド(Rosewood)等が
含まれる。

以前友人の会計士からあまりにも多い在庫はお金をどぶに
捨てているようなものだ、と言われたことがある。動かない在庫
は不良在庫になってしまうので何も生み出さないと。でも、そう
考えると多くのアンティーク家具ディーラーはまさしくそうである。

集めると言うのは男の習性なのだと思うが、これはいつか使える
かも知れない、そう思うと、それ故に捨てられない。そうして使わ
ないものが山のように溜まっていく。もう、無くなってしまった
椅子張りをしていた友人なのだが、彼もまさしくそのタイプで、
家中、家具や本で文字通り足の踏み場がなかった、、、、。
彼のスペースは小さなテレビの前の椅子の周りだけ。よくも
こんなにと思える量だったのを覚えている。

そんな彼も亡くなってもう2年。彼に張ってもらった椅子はまだ
まだ現役で使い続けられるに違いない。

追伸:そんな折に見つけたのがこれ↓

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2009/01/07

Rocking Horse

ロッキング・ホース

馬にまつわるおもちゃはかなり昔から作られてきた。しかし、
子供が乗れるタイプの物が登場したのはかなりあとである。

伝統的な揺り籠(子供用ベッド)や馬のタイヤが付いて引っ張る
おもちゃ等から進化したものと考えられる。

イギリスでは17世紀から作り始めたとされる。ロンドンにある
ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(以下V&A)の別館に
「子供時代の博物館(Museum of Childhood) 」と言うのがある。
そこに、現存する初期の頃のロッキング・ホースが
展示されている。

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針葉樹材(恐らくパイン)と楡から作られたこのロッキングホース
チャールズ1世が10歳頃に使っていた物と言われている。
17世紀初頭に作られたようで、かなり荒い感じを与える。

その後流行になったのは、俗に言うロッキング・チェアーと同じ
構造の馬の足の下に弓のような弧状の部材を取り付けた物。
ただし、かなり危険であったり、床に傷をつけたり、子供が楽しむ
割には親はいい顔をしなかったようだ。

その後、19世紀後半に「セーフティ・スタンド」と呼ばれる、2つの
スタンドに取り付けられた鉄の棒を使って馬を前後させる方法が
発明され、特許化され一般的になった。

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この後期ヴィクトリア時代に作られたと思われるロッキング・ホース。
手綱や鐙(あぶみ)は、実際の馬に付けるものと構造的にほぼ
同じである。鬣(たてがみ)や尻尾には本物の馬毛が使われる。
馬の皮のかけらに毛が生えているものをピンで留めてある。

塗装は「Dapple Gray」と呼ばれる物。ヴィクトリア女王が
「Dapple Gray」のロッキング・ホースに皇室承認を与えた事
により、著しく人気になった。灰色の肌に黒い丸。

いまでも、部品は手に入るし、大事に使い次の世代へと
受け継がれていく。たかが、おもちゃだが、わざわざ直すために
うちの工房にやって来る。革の摩耗、木材の収縮、塗装のハゲ。

使われる物、それも子供に使われる以上、傷が付くのは
仕方がない。それでも愛でられ、さらにその子へ与えられて
いくのは、イギリスの文化を垣間見た気分にさせてくれる。

2009/01/01

A Happy New Year!

ア・ハッピー・ニュー・イヤー

明けましておめでとうございます。

旧年中は、このブログに訪問くださり、時には
メッセージ、コメントを残してくれたり本当に有難うございました。

昨年は、家族が増えたりと、私事等で大きな変化があり、
思ったように動けなかったり、世界規模の不況で仕事量が若干
減ったりと、歯痒い年でもありました。

そんな状況で、少しづつですがブログを更新し、時にはかなり
自己満足的な内容だったりはしましたが、それでも色々コメント
等をいただき、嬉しい年でもありました。

さあ、2009年はどういう年になるでしょう??

不況は引き続き、厳しい状況になることは予想されます。
自分にしても、身の振り方を考えなければならない状況も
無いこともない訳で、出来るだけアンテナを張り巡らし
ネットワークを広げておこうとも思いました。

本年度もブログ共々ご愛顧くださると嬉しいです。

2009年元旦 英国にて

quilastudio

2008/12/17

Gentlemen

紳士(地主?)

先日、あの「国家の品格」の藤原正彦氏の著作
「遥かなるケンブリッジ」を読んでいるときにこんな記述に
出くわした。

、、、、善きにつけ悪しきにつけ、現代イギリスを考える上で
欠かせないのは、ジェントルマンの影響である。、、、、、 

さらに彼の解説は続く。端的に書くと、ほぼ14世紀から19世紀
までの間最上層の貴族(公、候、伯、子、男の爵位を持つ者)と
中間層ヨーマン(独立自営農)の間にジェントリーと呼ばれる
準貴族的な階層の社会集団があったと言う。19世紀初頭には
なんとイギリス全人口の3%ほどの貴族、準貴族層が国土の
ほぼ3/4を独占していたたと言う事実。詰まる所彼らは
地主階級で生活基盤として土地を所有しそこからの収入により
生活していた不労階級でもあったのである。

ここで思い出すのが、1754年に出版された
トーマス・チッペンデール(Thomas Chippendale)のディレクター。

正式名称は"The Gentleman and Cabinet-Maker's Director"。
このジェントルマンはまさしくこのジェントルマンではないだろうか。
紳士と家具製作者(作家)のための指南書とでも訳すのだろうが、
発注する者と発注を受ける者を繋ぐカタログとも言える。その
証拠に、この本、序文の後、購読者(Subscribers)のリストが続く。
購読者とはいっても前もってお金を払ってこの本のパトロンに
なった人達、つまり発注者が主である。

発注者であるジェントルマンも受注者である家具製作者も
このリストを確認すれば、「あのディレクターの14ページっぽい
椅子をよろしく。」なんて発注の仕方が出来るであろうと想像
出来る。そう考えると、このディレクター、限定生産である一部の
人の為の本であることがわかる。決して庶民の為にデザインした
訳ではないと言うことだが、彼のデザインがその後の
カントリー・チェアー等に影響を与えていく様子は興味深い。

一軒のうちには普通主人から召使まで色々な人が住んでいる。
屋根裏に住む召使がこのチッペンデールの椅子に座ったとは
思い難い。故に、近所の家具製作者にその椅子を見せ、こんな
感じな簡単な椅子をその辺の木で作ってくれ、と言うのが、徐々
に彼のデザインが広まっていった過程の一つであろう。

本当に家具が一般庶民の物になるには、中産階級が爆発的に
増えた1世紀ほどあとのヴィクトリアの時代まで待たなければ
いけないのだが、、、。

参考文献:「遥かなるケンブリッジ」 藤原正彦著 新潮社

2008/12/09

彫る その2

Carving #2

コツコツと彫刻をしていると、ある瞬間、木の固まりの中から
ある形が、突然生まれてくる時がある。すごく漠然とした
言い方だが、前回のブログで書いたライオン、欠損した部分に
オークの木の固まりを糊でくっつけていく。そして、それを彫り
出して、ある所で彫刻ノミをポンと入れた瞬間、木の固まりが
ライオンの頭に変わっていくのである。

Blog1

ルネッサンス期のミケランジェロは四角いマーブルの中に
出来上がりの彫刻像を見たと言い、ノミでいきなり彫っていった
らしい。一本の木から仏像を彫り出す仏師も、同じよ言うに、
木の中に仏様が見えると言う。どちらも神のお導きのままにと
言う訳だが、天才でも神童でもない私は、もう片方のライオンと
見較べ、線で罫書き、ちびちび彫っていくしかない。そういう意味
では自分はアーティストタイプと言うよりは職人タイプなんだろうな
と思ってしまう。

上の写真は、ライオンの顔が出て来たと思った瞬間。まだまだ
荒彫りで大体の形しか出来ていない。しかし、そんな瞬間から
彫っているものが我が子のように感じるのかもしれない。

2008/12/06

彫る

Carving

修復と言う作業において、ときには彫刻をしなければいけない
時がある。彫刻と言う作業、ゼロから木を彫っていく場合と
欠損した部分を補って彫る場合、かなり違うのではないかと思う。

一つ曲線を彫るのにその曲線にあった彫刻ノミを持っていない
と作業はえらく手間のかかったものになる。弓型になったゴージ
(Gouge)と呼ばれる、彫刻ノミ一つとっても、数十種類と言う
サイズ、違った曲線が存在する。正しいサイズでないと、他の所
を傷つけたり、オリジナルのように深く彫れなかったりするから
厄介だ。

Blog1_2

上は、ヴィクトリアの時代に作られたオーク製の椅子の背ずりの
一番上の所に付いているライオンの顔の彫刻。想像の通り、
背ずりの一番上、一番人が触りやすい所故に、顔の半分ほどが
欠損していた。目の詰まった、マホガニー等だったらもう少し
楽なのだが、オーク材、いったて硬い。とはいっても黒檀や
ローズウッド程ではないので、そう頻繁にノミを砥ぐことはない
が、目が粗いが故に、逆目に無理に彫るとすぐに割れてしまう
(欠けてしまう)。

木工の世界でよく言われる、"measure twice, cut once"。一度
計っても、もう一度切る前に確認してみろという意味合いだが、
まさしくその通りで、彫刻は引き算である。もちろん、削り出し
過ぎてしまった場合、糊を使って付け足すことは可能であるが、
やはりプロである以上それは避けたい。さらに接合部を増やす
という事は、見た目をさらに不自然にすると言う事に繋がる。

それ故に、慎重に彫るのだが、慎重になり過ぎると、仕事が
遅々として進まない。これがカーバー(Carver)と呼ばれる彫刻師
との違いであろう。仕上がりこそそんなに違いがないが、かかる
時間が圧倒的に違う。しかし、彫刻を終えた後の、充実感は
やったものでなければ分からない。それと同時に。ものすごい
集中力を要するのでぐったり疲れるのだが、、、。

これがプロの仕事→HP

2008/12/02

ペーパー・メディアの行方

Where do paper media go??

昨日ネットでこんな記事を見つけた。

*****廃盤CDを1枚から販売、コロムビアが再生サービス*****

コロムビアミュージックエンタテインメントは12月から、廃盤や
在庫切れになった音楽CDを再生し、販売するサービスを始める。
インターネット上の専用サイトなどで1枚から注文に応じる。
まずチューリップ、榊原郁恵さんなど1970―90年代の
人気アーティストの作品から始める。新作のヒットが出にくくなる中、
少量生産に対応、受注機会を増やす。

販売価格は1枚2500円。毎月100作品程度発売し、2009年3月
までに5000枚の受注を目指す。

[11月26日/日本経済新聞 朝刊]

******************************************************

なんとも、素晴らしい話である。レコード世代で、CDにまでは
何とかついていけるものの、音楽をダウンロードすることには
まったく興味が無い(ipodも然り)が故に、このサービスは有難い。
まあ、それが故に、修復なんて事をしているのだろうけど。

HPの方の参考文献に載っている書籍達。今ではほとんどが絶版
だったりする。延々家具が載ってるマニアックな本が、早々
売れる訳がないのは、わかるが大概の場合は初版を売り切って
絶版となる。それ故に、10年ほど前の本でも古本屋で見たりする
と、プレミアがついて元の値段より高い場合なんてのがよくある。

博物館や大学などの非利益団体が、学術目的に昔の書籍を
デジタル化してオンライン上に公開していたりするが、まだまだ
数は知れたもの。最近の出版物はDTPでやっているはずなので
データとしてはデジタルで残っているはず。そうであれば、上記
のCDのようなサービスを本でも出来るのではないかと思うのだが。

その場合、紙の上に印刷する必要はないが、今現在の
電子ブックの端末の使い勝手には、ちょっと気が引ける。せめて、
LCDを束ねて、本のように出来ないだろうかと思ってしまう。本の
形なのだが内容を書き換えられる本だけど、本じゃない端末。

こういうのが実用化されると、うちの参考文献用の本棚達も
本当にすっきりとするのだが、、、。

2008/11/18

家具道具室内史学会

家具道具室内史学会

まだ2008年8月に発足した学会。

発起人はあの小泉和子さん。(和家具、イギリスの家具の翻訳
でも知られている。)先月、記念シンポジウムがあり、
「新しい学問を打ち立てる」というテーマで講演、
パネル・ディスカッションがあった。

「、、、、、それに家具が発達しなかったとはいえ、どの時代
にも、時代時代で、その時代特有の家具が出現しています。
そしてそうした家具は、その時代の生活と、その背景をなす
政治・経済・社会・文化について雄弁に物語っています。、、、」
(学会概要より)

これはまさしく、どの文化にも言えることで、家具の意匠一つ
取っても、その時代の出来事を反映していることが少なく
ありません。

まだ、学会自体始まったばかりのようで、今後どのような方向
に進んでいくかはわかりませんが、興味深いものになることは
間違いないでしょう。今後注目。

→HP

2008/11/17

Oops!!

ウップス!!

日本語では「しまった!!」「おっと!」なんて訳します。

Blog4

マホガニー製のヘップルホワイト様式のダイニング・チェアー。
左上の□が、折れた前足の断面。横からと下からと座面枠材の
ほぞが(ブナ材の為、白いです)。ブレイス(Brace)と呼ばれる
筋かいが斜めに入っています。これは1780年頃からビクトリアン
の初期1840年頃までに見られる特徴。

ここまで綺麗に折れているのは本当に珍しいです。木材の
せん断力がどうのというより、外側から内に向かってかなりの
衝撃がかかり、ほぞが切ってある一番弱い所が、ちょうど接合部
を支点に"ボキッ"っと、行ってしまったようです。要は、誰かが
座っている椅子の足を単純に蹴ってしまったのだろうと想像
しますが、、、。

それにしても、木材言うのは、木目に沿った方向に掛る力に
対しては、ものすごく強いですが、木目を横切る方向からには
ある程度弱い。だから、その当時の椅子はその用途に合った
使い方をしないとすぐ壊れていたでしょうね。椅子をダイニング用
や安楽用、挙句の果てには踏み台代わりに使ったりする
現代人の生活に、昔の椅子はやや酷かなとも思ったりします。

2008/10/31

水は敵?

水は敵?

一般にアンティーク家具に水は大敵である。

最近の家具のようにウレタン塗装してあるわけでもないので、
家具の表面に飛来した水は、ワックスの塗膜を食い破り、
その下のポリッシュ、又はヴァーニッシュの塗膜に浸透し
木材の表面に辿り着く。

水は化学的にもずば抜けて安定した物質である。酸素と水素の
化学結合が強いが故に、蒸発は他のシンナーなどに比べると
著しく遅い。しかし、匂いもせず、毒性もなく、扱い易いため、
クリーニング(洗浄)作業の一番手に使われることが多い。温めて
使えば一層効果的で、埃汚れや手垢汚れは研磨をせずに
綺麗にしてしまう。

Blog

水により、ダメージを受けたオランダ製のマルケトリー・カード・
テーブルの天板。化学的には水はポリッシュやヴァーニッシュを
直接溶かすと言うことは短時間にはない。しかし、自由自在に
動ける水が、ゆっくり浸透し、塗膜層の下に入り込む。それにより
木は膨らみ、膠もゆっくり溶けてゆく。木材の収縮により塗膜面
との接着も不安定になりさらに多くの水が浸透していく。良く見る
白濁した痕は湿気が塗膜と木材の間に捕えられることから
起きる現象である。

それが室内の暖房などにより急激に乾燥などすると、案の定、
上の写真のようにひび割れとして天板上に現れる。こうして家具
は朽ちていくのだが、大概の場合は所有者なりが何かしら手を
打つに違いない。

こうして、家具達は修復工房にやって来るのである。

2008/10/22

"menu"

"menu" メニュー

Menu1

友人がアンティーク・ショップをオープンさせた。
銀行がバタバタと倒産しそうなこの時勢、私には真似出来ない
ことだ。しかし、新しいビジネスをするのに、好況の時が良いとか、
不況が悪いとかと言うのはないのだという。ある程度、立地が
良く、冒険をしすぎず(冒険をせずではない)、細く長く続ければ、
なんとかなるんだそうだ。

彼が、渡英して、こだわりを持って買い付けた品々だから、面白い
お店になることは間違いない。おいしいお茶も飲めるそう。
その近辺の方は是非!! 

→ブログ

antique shop menu (アンティークショップ・メニュー)
ADDRESS.〒254-0812神奈川県平塚市松風町30-16
TEL.0463-22-4139

Menu2

2008/10/17

Prince of Wales's Feather

プリンス・オブ・ウェールズの羽根

今、現在、プリンス・オブ・ウェールズと言うと現英連邦王国の
エリザベス2世女王の長男チャールズ皇太子のことを思い
浮かべるだろう(もう今年還暦になるが、、、)。

そう、その皇太子、13世紀末のエドワード1世の時から、
次期王様である皇太子のことをプリンス・オブ・ウェールズと
呼ぶようになった。そしてダチョウの羽根3本を束ねた物に
金の王冠を冠した紋章がプリンス・オブ・ウェールズのシンボル
である。

Blog

家具史上でこの3本の羽根(王冠は得てして省略される)が登場
するのは18世紀前半のジョージ1世の時と言われるが、一般に
広く登場するのは、家具デザイナーであるヘップルホワイト
(George Hepplewhite d.1786)の死後に出版された「家具職人と
椅子張り職人の為の指南書」(The Cabinet Maker and
Upholsterer's Guide)に3本の羽根を使ったデザインの椅子が
載ったジョージ3世の時代である。(下図右)

0035

人気が出たのはこれだけではなく、政治的は要素もあった。
その頃のプリンス・オブ・ウェールズはのちのジョージ4世、この
皇太子は父のジョージ3世に反してホイッグ党(自由党の前身、
現在は労働党の勢力拡大に伴い小政党へ)を支持。その
政権奪回の旗頭として、皇太子のシンボル、3本の羽根が
デザインとして多く使われるようになった。

デザインは椅子の背ずりだけでなく、ブックケースのペディメント、
キャビネット、ベッドの天蓋や鏡にまで及んだ。逆にいえば、この
デザインを見たら、ジョージ3世の時代に作られたものであること
が多い。



2008/09/09

「海外武者修行プログラム」

「海外武者修行プログラム」

日経ネットで見つけた記事。

厚生労働省が、家具や靴、楽器などを製造する職人を養成する
海外の職業訓練校などで若者に技能を習得してもらおうと、
来年度から「海外武者修行プログ ラム(仮称)」というものを
始めるらしい。

一般から希望者を募って、渡航費や授業料などを支援してくれる。
何か本当に学びたいと思っている人にはいいかもしれないが、
厚生労働省のこのプログラムの担当である厚労省海外協力課は
「国内のものづくりとはまた違った海外の技能を習得して、帰国後
に国内で広めてもらいたい」と思っているらしい。

学校にだけ行って、技術を習得出来るのならば、世の中はもっと
バラ色のはずである。しかし、現実にはそうではないのは周知の
通り。料理学校行ったからと言って、一流の料理人になれないよう
に、ちょっと甘くないかと思ってしまう。

確かに、一度社会人になってから、方向転換する場合やさらにもっと
勉強したい場合には、その支援してくれるというのは本当に有難い
ことだと思う。しかし、学校には高いお金を出して行った、けれども
それを生かせてない人たちを多く知っている。学んで、帰って来て、
すぐにビジネスが起こせるとも思えないし、厚生労働省の人間は、
どうやって広めて欲しいと思っているのだろうか。

そう考えると、一見お金の無駄のような気がしないでもないし、
海外武者修行よりは海外体験プログラムぐらいにしてもっと、国の
支援としての目的をはっきりさせる方がまず先なのではと思って
しまう。それなら、年齢制限を付けないフレキシブルな奨学金制度
の方がよっぽど利があると思う。

2008/09/01

直すという事

物を直す仕事をしているが、どんなものにもある程度対応
出来るようになったのはここ最近のような気がする。経験の
積み重ねなのか、はたまた自信というものが芽生えたか、、、。

その昔、日本でやってた頃、トーネットのベントウッド・チェアーの
座面を直したという記憶がない。ネジを締めなおしたり、はがれて
いる積層になっている座面を張り付けたりはしたが、例えば、
座面のべニアの一部が欠損している場合、それを直したという
記憶がない。何十本も直しているわけだから、そんな椅子も一脚
ぐらいあるはずであろうに。

なぜこんなことをふと思ったかというと、先日たまたま1950年代の
Plycraft(プライクラフト社、あのイームズのハーマン・ミラー社の
下請けで有名らしい。)製「チャーナー・チェアー(Cherner Chair)」
のアーム無しを、ちょっと修理したから。アールト、イームズを経て
確立された成型積層合板の技術。トーネットの100年前の思想を
最新の技術を使い更に進化させた形の物。その椅子が高価な
値段で現在取引されているのにはやや疑問を感じるが、未だに
良く出来た、美しい椅子である。

Blog1

この椅子、足の一番太い所で表、裏の表面のウォルナットのベニア
を除いて14層になっている。表裏のべニアを合わせて約一インチ強
の厚さ(2.64cm)。こうやって構造がきちっとわかると、どうやって
直すかが見えてくる。はたして、オリジナルは、そのベニアを張り
付けるのにどんな接着剤を使ったのであろうか?? 膠しかなかった
時代には、強度的に絶対あり得ない椅子である。確かに、トーネット
も世界博覧会の展示用に積層で出来た椅子を作っているが実用
というよりは、デモンストレーション用だったはずである。

積層ベニアのアイデア自体も新しいものではない。18世紀中頃
>には、俗にシルバー・テーブルと呼ばれるテーブルやトレイの
ギャラリーと呼ばれるヘリは必ず3層になっていて、木目が
横縦横の順で強度を出している。そんなものを直した経験が
あるから、トーネットやプライクラフトの積層ベニアでも直すこと
が出来る。

以前、修理をしたいという人と、話したことがあって、その時、一回
きちっとした修復というものをやってみると、何にでも対応出来ると
いうことを伝えたが、はやりその時の言は間違ってなかったと
改めて思った。

2008/08/29

Wind Vale

ウインド・ヴェイル

なんと訳すのだろう?
風見鶏? 英辞郎で調べても出てこない。
しかし、イギリス人は確かにこう呼んでいるように聞こえる。
はたまた、私のヒヤリング・ミス?

Blog_windvale

ともかく風見鶏。

友人が、この風見鶏を綺麗にした際に冗談で施した
オイル・ギルディング。オイル・ベースのサイズを塗り金箔を張り
付ける。かれこれ2,3年前の話であろうか。

仮にこれがペイント(塗料)であったら、ひびが入り、ところどころ
剥がれ落ち見るも無残な姿であったろう。しかし、
オイル・ギルディング、あの英国の過酷な冬を数度越えても、未だ
輝きを放つ。

エリザベス女王の住むバッキンガム宮殿のフェンスにも部分的に
施してあるオイル・ギルディング。やっぱりあれは本物の金
だったんだ、と改めて思い、且つ、いまだ野外の装飾においては
今の最新の塗料を持ってしても敵わない、古くからの知恵は凄い
と感心してしまった。

2008/08/09

Restorer's Dilemma

修復士の憂鬱

私は、家具を修理・修復して、生計を立てている。
基本的に、売買をしないのでうちの会社の工房に入ってくる
家具はプライヴェート、もしくは法人等の所有物である。

家具を修復に出そうと決めるのはどんな時だろうか??

オークションで落としたばかりの物で、使う前にちょっと手直し??
もしくは、長く使っていて、座面がへたったとか、天板に傷が付いた、
脚にガタがある、諸々、、、、。

工房に来るものの中には、修復にその物の価値以上
お金がかかるものも存在する。ただこのとき呼ぶ価値と言うのは
一般の市場で決まる相対的な対価価値であって所有者の主観
である絶対価値ではない。その絶対価値、こちらの言葉で
"Sentimental Value"と呼ぶ。意訳すれば、その物に対する
思い入れの度合いから来る価値。すなわちお金を出して買える
という物ではない。それが故に人はその物を修復に持ってくる。
故人から譲り受けた物だったり、自分が小さい時から使ってきた
物だったり様々であるが、そこで、時に難問にぶち当たったりする
のである。

私達は、修復をするにあたり、家具をひっくり返し、家具自体を
くまなく調べる。家具は必ず、作られてから今までの時間の長さを
示す痕跡をいたるところに持っている。セントラル・ヒーティングに
よる乾燥によるひび割れ。水などによる輪染みや白くなってしまった
木肌。磨り減ったり、凹んだり、それだけならまだしも、取り替え
られてしまった兆番。交換されてしまった脚。サイズダウンされて
しまったキャビネット。ジャパニング(Japanning、日本の漆の西洋
での代用法)されてしまったマルケトリー。見た瞬間に「あっ、これ
ニコイチ。」とわかってしまう事さえあったりする。それが、顧客の
センチメンタル・ヴァリューの深い物の場合どうするか。

正直に伝える事も出来る。この家具は、もともとは恐らくこうこうで、
変更されてしまったのでしょう、と。しかし、そこまで思い入れが強い
のだからわざわざ顧客を失望させる必要は無いとも思ってしまう。

言うべきか、言わざるべきか?

個人的には、やはり伝えないと思う。そこまで思い入れが深い物
であれば、売ってしまうなんてことも無いはずで、顧客が知る必要
も無いという判断だが、さあどうだろう??

2008/06/14

Study Tour

スタディ・ツアー

スタディ・ツアー(自分で勝手に命名しただけだが)で1日ロンドンを
廻ってきた。

①ヴィクトリアン・アンド・アルバート博物館
俗にV&Aと呼ばれるこの博物館。大英博物館の民俗学的な物の
コレクションと違って、工芸に関する物を集めた博物館である。
コレクションは多岐に及ぶ。家具、陶磁器、ガラス、衣装、彫刻、
銀器、はては建築や内装デザインまで、ありとあらゆる人間に
よる工作品が展示されている。

今回の目的は、会期の終了が迫った「Thomas Hope Regency
Designer」(トーマス・ホープ)のエキシビジョン。行くまでは漠然と
しか知らなかったホープ像が見えてくる。

Thomashoperegencydesigner_br27268_2

彼はオランダ生まれのオランダ国籍(オランダ人?)で、銀行を持つ
ファミリーに生まれ裕福であった。ちょうど大学の年の頃、アジア、
アフリカ、ヨーロッパを回る旅に出る。18世紀の後半に良家の
子弟がイタリアやフランスに見識を広める為に行かされた
グランド・ツアーの様な物である。その後、フランスがオランダを
占領したのを期にロンドンへ移住する。

そこで、自分でインテリアをデザインし、オープンハウスのような事
をしている。1807年には「Household Furniture and Interior
Decoration」を発行。ローマ時代や古代エジプトから取った
モチーフやデザインは当時のインテリの世界に一石を投じる物と
なった。

②グロブナー・ハウス・アート・アンド・アンティーク・フェアー

Blog

イギリスに来て以来、取り合えず毎年欠かさず行っている物の
1つである。しかし、ここ数年で大きく様変わりした。昔は大きく羽振り
を効かせていたアンティーク家具ディーラーは年々押され気味の
ように見える。増えているのは、中国物やロシア物、
モダン・コンテンポラリー物だったりするのは、現在のアート・
マーケットを繁栄しているからか?

アンティーク家具ディーラーも家具だけではなく、モダンな絵画や
家具などを組み合わせて生き残りを図っているように見える。
あるアンティーク家具ディーラーの不祥事
(デジタル複製の功罪 番外編参照)が、最近あったせいなの
かもしれない。

③クリスティーズ キング・ストリート
オークション・ハウス2強のうちの1つである。ちょっと前までは
サザビーズ、ボナム、フィリップスを含め4強だったのだが、
オーナー権の変更等により、現在は完全にクリスティーズ、
サザビーズの独占のようである。ここ最近の数々の最高落札額
の更新は記憶に新しい。

ここでは来週、オークションにかけられるもの下見会(Viewing)が
行われている。無料で、誰でも入ることが出来、挙句に触って
質感を感じてみたり、引き出しを開けてみる事だって出来てしまう。
今回はV&Aにも1脚所蔵されているロバート・アダムデザイン、
トーマス・チッペンデール製作の俗にダンダス・チェアー
呼ばれるセットから、2脚のアームチェアとセティがオークション
にかけられるからである。

博物館でフェンス越しにしか見ることが出来ない物を、直に
見れてしまうのがオークションの良い所。美術館・博物館だって
オークションから買うのである。

そうそのダンダス・チェアー。よく出来た椅子である。古典意匠
であるアンセミオン(Anthemion、ハニーサックル、スイカズラとも
呼ぶ)を背もたれの一番上、前足のひざ(Knee)の部分に掲げて
いる。オイル・ギルディングの下地は黄色いボール(Bole)、古艶
と言うよりは、新しくギルディングしなおされ、わざと汚れさせた
印象を受けた。250年ほど前の椅子である。どんなに大事に
使っても、それなりにくたびれるはずである。そういう意味では
綺麗過ぎると言う感じであった。

Blog2

2008/05/26

デジタル複製の功罪 番外編

デジタル複製の功罪 番外編

レプリカにしてもリプロダクションにしても製作者に悪意があれば、
間違いなくその物は、贋作と言う烙印を押される。さらに、その時
その製作者に悪意は無くとも、その後において、その物が贋作と
言う扱われ方をする可能性は十分ありうる。

ここ最近、イギリス(のみならず)で2つの美術・アンティーク業界を
揺さぶる出来事があった。

一つ目は、事件自体は1989年から2006年に掛けて行われた、
ボルトン(あの中田選手がいたボルトンです。)のあるファミリーに
よる贋作による詐欺事件。→記事

もう一つは、まだ進行中であるが、BADA(British Antique Dealers
Association、英国骨董ディーラー協会)にも所属していた(つい
最近辞任した)ある家具ディーラーとその雇われ修復家によって
行われた贋作(?)による詐欺事件。→記事

ボルトンの事件は最近、TVのドキュメンタリーでもやっていたの
で判決の出た今年1月後、かなり落ち着いたと思われる。しかし、
その贋作を作っていたのは47歳、無職、就業経験無しの両親、
おばと暮らす男性で、近所のDIYショップで買った道具を使って
全て作ったと言う。その男性の父親84歳が、ディーラー等への
売り込み、つまりセールス担当、母親83歳が古いタイプライター
等を使用してそれに関する書類を作っていたそうだ。

大英博物館などでは、炭素14年代測定などを使った科学的な
年代測定方法を1950年代から採用している。有機物の素材に
含まれる炭素14が一定の割合で崩壊する事を利用した物で
ある。それ以外にも電子顕微鏡やX線、紫外線を使った、ありと
あらゆる最新機器が贋作を暴き出す為に使われている、が、
それでも騙された。

悪く言ってしまえば、痛快な話である。彼が作った贋作は、絵画
からマーブルの彫像にまで及ぶ。騙されたのは、そうそうたる
美術館、博物館、オークション・ハウスが含まれる。彼が作った
贋作品(作品??)は裁判所の判決により、全てを取り壊すべきで
はないと言う事になった。芸術新潮の大英博物館の「FAKE?」展
の特集で荒俣宏氏が言っているように、贋作はある意味では
アートとも呼べる製作活動の一つである。悲しむべきかな、
オリジナリティ(originality)と言う物が掛けているが故に、贋作と
言う烙印を押される。しかし、工芸と言う目でそれらを見た時、
そして、ある程度の時間が過ぎた後では、その物達は、また違った
輝きを放つかもしれない。そう考えると、複写機を使った
なんちゃっての複製を有難がって買うほうもなんだかなあと
思っていまうのである。

参考文献: 「芸術新潮」 1990年7月号 新潮社

2008/05/25

デジタル複製の功罪 その2

番組の中では、イタリアの複製に関しての考え方を、紹介、
比較と言う形を取っていた。昔から、贋作に悩まされて
い続けているかの国では、基本的に複製は、きちっとした理由が
ない限り認められない。認められたとしても、そこへ複製した物
への複製であると言う事の明示が義務付けられている。

番組の中で唯一許された複製は、戦争時に国外に持ち出された
物の寸部違わぬ複製を作り元あった場所へ展示すると言う、そこの
場所を元あった姿に保全すると言う考え方による理由の物であった。

贋作との戦いはイタリアに限った事ではない。美術館、博物館と
呼ばれる場所のほぼ100%が間違いなく、贋作と呼ばれるものを
何かしらつかまされて日のあたらない場所に保有している事は
間違いない。1990年に大英博物館で行われた、「FAKE?」展は
そういう意味では画期的であった。贋作と判明し、展示出来な
かった多くの作品を日の当たる所に出したのであるから。

ニューヨークのメトロポリタン美術館でも、贋作専用の倉庫がある
そうだ。大概の物は、誰かからの美術館への寄贈、もしくは寄贈
されたお金を使って購入される。その道のプロの目をさえも眩まし
てしまう贋作達の話は元メトロポリタンの館長だった
トマス・ホーヴィング(Thomas Hoving)の著書に詳しいので、興味
ある方はどうぞ。

Fake

贋作の歴史は古い。英語では、フェイク(Fake)もしくは
フォージェリ(Forgery)と言う言葉が使われる。権威ある
オックスフォード英語大辞典による定義ではではフェイクは
オリジナルに手を加えた物を指す、と言う事は広い意味では
修理や修復もフェイクに入ると言う。それに対してフォージェリ
はイミテーションや本物に似せて作った物を言う。英語で言う所
Made from scratchである。

日本語でも「複製」と言う言葉は、なんともはっきりしない言葉
である。同じような意味でコピー、リプロダクション、フェイク、贋作、
レプリカと言う言葉を何気なく使っている自分がいたりする。さらに
時代によって使われ方も変化しているに違いない。19世紀、
リプロダクションの家具と言ったらオリジナルと寸部違わぬコピー
の事を呼んだ。もちろん所有者等にリプロダクションの許可を
取っての行為に違いない。

デジタル複製を考える時、京都・龍安寺で先月公開された
「文化財未来継承プロジェクト」の一環である5点のデジタル複製
などはイタリアの例のようなオリジナルの景観の保存と言う趣旨で、
恐らく誰もが納得する例であろうが、日本の文化財は紙と言う脆い
素材を使った物が多い為と言い分にもやはり首を傾げざるを
思えない。さらにそれを商業的に販売すると言うのは何をいわんや
と、言うほかしかない。

著作権を考える場合は、そのデジタル複製を製作する会社が所有
すると言う事になるが、その持ち主である所有者の所有権の前に
は、著作もへったくれも無いはず。ただ、美術館、博物館のやって
いるようなイメージを乱用されない手立てを、お寺さんや、神社が
やっているかと言うと、まずやっていないに違いない。

文化財と言うのは国の宝である。特に日本のような、はっきりとした
長い歴史を持つ国は稀なのに、その流れの中から生み出されてきた
もの達への扱いがなんも酷い事か。物には必ず寿命が存在する。
それ故に、それを作り出されてきたときと同じようなコンディションに
保っていくには多大なる努力とお金を要する。その作業を放棄し、
全てを美術館などに委ねてしまう、確かに一番簡単な方法では
あるが、本当にそれで良いのかと自分に自問してみる必要がある
のではないだろうか。

 

2008/05/06

デジタル複製の功罪 その1

デジタル複製の功罪 その1

先日、NHKの番組、「クローズアップ現代」の
「本物そっくりの文化財~デジタル複製の波紋~」を見た。

千利休ゆかりである聚光院の狩野永徳作の国宝の襖絵、
世界遺産である銀閣寺にある襖絵等、京都の一級の
文化財が最先端のデジタルによる複製技術で、本物に
替わって、置かれるようになっているそうだ。

確かに、紙を媒体とした文化財は著しく修復・保存が難しい。
特に、寺・神社内などの外気の影響を受けやすい所(温度や
湿度)に置かれており、不特定数の人が訪れる所では尚更
である。

文化財の保存と言う観点で見た場合、そして、元あった
その場所、環境の保存と言う意味では、デジタル複写の利用
は恐らくベストの選択に違いない。

しかし、何故その襖絵はそこにあるのか?? 

これは、きちっと所有者に問わなければいけない問題である。
文化財どうのこうのは二の次で良いはず。例えば、お寺なら
住職が代々その守人としてその役割を受け継いできたであろう
と想像できる。そうであるならば、それがそこにある意義も
知っているはず。その上で、複製に変えようと言うのであれば、
こちらが文句を言う筋合いではない。

まだ芸術と工芸が同義語であった頃、宗教は工芸に対する
最大のパトロンであった。宗教はその工芸の芸術性を利用し、
自分達の教義の表現の為に、また自分達の権威を示し
付ける為にお金を払い作らせた。

ヨーロッパでは、ルネッサンス期頃までの絵画は基本的に
宗教画なのはその為である。また、その頃までの偉大な
建築は、まず間違いなく宗教絡み。生活様式が向上するに
したがって、次第にそれは薄れていくが、、、。

続く予定、、、。

2008/04/26

Pot Cupboardその後

ポット・カップボードその後

いつの時代でも、その当時の生活習慣と、家具というもの
は密接に関係がある。18世紀の後半、チッペンデールも
作ったこの形のポット・カップボード。と言う事は、このトイレの
形は実は、この時代の一番最先端を行っていた物と言う
事が出来るのではないだろうか。

これ以前は、クローズド・スツール(Closed Stool)と呼ばれる物で、
おそらくスツールの真ん中の部分に便器になる物(金物、陶器??)
があって、その上に閉じる蓋があるものだろうと、想像出来る。
実は、どんな文献を見ても載っていないのである(私が探す限り、
誰か知っている人がいたら教えてください)。物が物だけに、
処分されてしまっていると思うのだが、、、。

パリのルーブル宮(現ルーブル美術館)に住んでいたルイ14世
(1638-1715、在位は1643から)が、あまりの糞尿の匂い耐え
切れずにベルサイユ宮殿に移動したと言う話しだし、エチケットと
言う言葉は、そのヴェルサイユ宮殿の庭に「進入禁止」の立て札を
立てたのにも拘らず、用を足していた事を咎めた逸話から、立て札
を指すフランス語のエチケット(etiquette)がマナーの事を指すよう
になったとか。あのハイヒールの靴は、道路の糞尿を避ける為に
使われだしたとか(その当時は、前も高く、プラットフォーム・
シューズのようだ。実際、ルイ14世がハイヒールを履いている絵が
ある。) まあ、その当人ルイ14世も、歯を全部抜いてしまう健康法
の為、柔らかい物しか食べれず、その関係かで胃腸も弱く。絶えず
トイレに駆け込んでいた為、糞尿の匂いが衣服に染み付いてし
まっていて、閣議に参加する家臣達は香水を染み込ませたハンカチ
を鼻に当てていたらしい。

イギリスでは、紳士の外套と山高帽はファッションと言うよりは、
窓から落ちてくる、糞尿を避けるために発明された物だったとか。
どうやら、糞尿を農業の肥やしとして使用していた日本と違い、
ヨーロッパでは、生活に違う意味でかなり密着した物だったようだ。

今でこそ、綺麗なお城や宮殿で、修復、保存され当時の面影を
偲ばせる事が出来るが、どうやら匂いだけは、再現出来なかった
(したくなかった)ようだ(笑)。

参考文献:ブログ 世界のトイレから

2008/04/11

技術の代価

技術の代価

Blog1

イギリス・ジョージ2世の時代のマホガニーのベルジェール
(Bergère、アーム(肘掛)の下側の部分が塞がれたタイプの
アームチェアー ←これに対して開いているのは普通
フォトゥーユ(Fauteuils)と呼ぶ、仏語)に付いているキャスター。

右がオリジナル、真鍮製の為、車輪の軸が入る穴の部分が
磨耗してもう使用不可。直すと言うよりは車輪自体の交換を
しなければいけない為、新しく2脚分8個のキャスターを発注した。

左が新しい物。古色仕上げで良い感じ。しかし、1つ、
25ポンド也(約5000円)。キャスター1つ、5000円。5000円あれば
イケアで椅子が一脚買えてしまう。高いのか? 安いのか?

オリジナルと完全に同じではない。が、この手の会社(イギリスに
3~4社)は昔のオリジナルのブラスのハンドル、ノブ、キャスター
のパーツから型を起こしているので、ほぼ同じような物が
いまだに手に入る。家具修復士にとってはいなくてはならない
存在。しかし、(恐らく)手作業での仕事である為、コストが、、、
高くつく。

ただ、この手のペアのベルジュール、オークションで3万ポンド
ぐらいのエステメートが付く物なので、それに較べると一脚に付き
100ポンドのキャスター代は微々たる物、、、、、。しかし、それでも
1つ25ポンドのキャスターと考えると、ちょっと尻込みしてしまうのは
私が庶民だからであろうか。

Blog2

上はキャスターが付いたとこ。

2008/02/26

Exhibition Attendance Figures

展覧会入場者数

The Art Newspaperが1997年から編纂している展覧会に於ける
入場者数リストの2007年版が発表された。

展覧会の会期中の合計入場者数を会期日数で割った、1日当た
りの入場者数10071人を数えた、東京国立美術館の「The Mind of
Leonardo」が堂々一番となった。

Blog_2

目玉は、フィレンツェの、昔かのメディチ家の屋敷だった
ウルフィツィ美術館から借り出したダ・ヴィンチの「受胎告知
(Annunciation)」。美術館外にこの作品が出るのは3回目。しかし、
過去2回は1930年代の話、しかも、始まった第2次世界大戦の戦火
を逃れる為と言う経緯があった為、かのイタリア国内では、国外
持ち出しに関してかなりの反対の声があったらしい。

ちなみに、リストのトップ3は東京での展覧会(2位はモネ、3位は
徳川家の栄光)。この数字を見る限り、日本人、特に東京近辺の
人々はアートに関心が深いように思える。海外に行くと、美術館や
博物館に行くと言う人も多いと思う。

しかし、世界の人々は80年代終わりのバブル期に、金に飽かせて
絵画を買い占め、マーケットを滅茶苦茶にしたのを忘れていない。
トップ3を日本での展覧会が占めた事を苦々しい顔で見ている人
も多い気がしてならない。

個人的には、そんな物(と言うのは失礼かも知れないが)にお金を
使うより、今、ロシア人や中国人がせっせとやっている、過去に
国外に流失してしまった、自国の財産としてのアートの買戻し。
こういうことを個人レベルではなく、国レベルでどんどんしてくれると
嬉しいのだが、、、。

2008/01/22

イームズの言葉

"It was never my design objective

that the furniture be diffrent or novel,

only that it be good to sit in,

good to use,

good to look at,

and easy for everyone to buy."

古いノートをめくったら、これを見つけた。

一番初めのページに綴ってあった物。

家具にかかわり始めた昔、デザインの哲学として

自分に課していた物。

あのチャールズ・イームズの言葉である。

「私の家具デザインの目的は、

家具を異なった物や、

変わった物にする為ではなく、

ただ家具を座って良く、

使っても良く、

眺めても良くし、

そして、皆に買い易くする事である。」

2008/01/01

A Happy New Year!!

明けましておめでとうございます。

私事で大きな買い物をしたこともあり、
2007年は瞬く間に終わってしまったような気がします。

ブログ開始時には、月にせめて6回以上は更新
しようと自分で決めていたのもの、あまり守れず、、、、。

新年の抱負という訳ではないですが、
2008年も細く長く、HP、ブログの方続けていけたら
いいなという気がします。(もう今年は忙しくなるのは
間違いないのですが、、、。)

本年度も変わらずご愛顧くださいますよう
お願い申し上げます。

quilastudio

2007/10/11

ぢっと左手を見る

ぢっと左手を見る。

確か、石川啄木の詩だったな、これは。

あちこちに傷がある、この直りかけの切り傷は先週の、
これは鋸で切って縫ったやつ。これは、、、、ひとつひとつ
上げれば切りがない。しかし、皆覚えていたりする。

右手は、いつも働く手。
左手は、いつも押さえる手。

動の右手、静の左手。

アクティブな右手、パッシブな左手。

仕事柄、鑿やゲンノウ、のこぎりを使う為、
いつもこうなってしまう。右手に較べると、
左手は傷だらけ。横着すると必ず怪我をする。

仕事前にぢっと左手を見て、今日も一日
気を付けようと思う。

2007/10/03

Royal Warrant

イギリスには、ロイヤル・ワラントという制度がある。

あの王室御用達という奴である。ハロッズがロイヤル・ワラントを
失ったのは記憶に新しい。日本では宮内庁御用達というのが、
似た制度であった。
(宮内庁御用達は名前としては残っているが、戦後、
制度としては廃止された)

王室に製品、またはサービスを収めていればなんでもいいので
ある。あのコーン・フレークのケロッグ社やソニーUK等もワラント
の保持者である。コーン・フレークの箱にもしっかり王室の紋章が
入っている。

そして、それはもちろん家具修復にまでにも及ぶ。とりわけ、
ロイヤル・レジデントであるウインザー城、バッキンガム宮殿と
相次いで火事で被害を受けた為、多くの修復家や彫刻家が借り
出され、ロイヤル・ワラントの保持者となった。

5年ごとに更新しなければいけない、この制度。その5年間に
いかに王室の為に仕事をしたかで更新出来るかが決まる。
王室のお墨付きという肩書きが業者に箔をつけるので、業者は
ベストのサービスを最低価格で提供する。王室にとっては
良いこと尽くめである。王室の威光を広めつつ、且つ商業的に
上手く活用されるようになっている。

その昔、エリザベス女王が海賊ドレイクに王室のお墨付きを
与えたように民間を上手く使うのは今も昔も変わりないようである。

写真 ロイヤル・ワラントを持つとこの紋章を堂々と会社に
掲げることが出来る。

Blog1

2007/08/20

今日から、

Blog1_2

今日から、ブログを始めてみることにしました。

理由は3つ。

HPの編集手間を省けば、もう少し頻繁に更新が出来るのではという可能性。HPの中の雑記録と最新消息が、ある意味では内容がかぶる為、あともう少し自由に各テーマを広げてもいいかなという自分なりの希望。ゲストブックでも一度書いた、コミュニケーションをする場を開設することによるHP自身の多様化。

ということで始めてみます。

宜しくお願いします。