マナーハウス

2016/01/17

ハウス・キー

House Key

某マナーハウス。
1760年代にスコットランドの著名な建築家ロバート・アダムが内装を手掛け、1820年に改装の際、変えられたとされるドア・ファニチャーと呼ばれる取っ手や錠。

200年程前の事で、さらに今のオーナーはそこに住んでいないこともあって、はっきりした事は明言出来ないのだが、もともとマスター・キーと呼ばれる、名の通り家の主人(もしくはバトラー)が持つ鍵があり、それ一つで全てのあらゆるドアが開けられたのだそうだ。

それプラス、レイディー・キーとよ呼ばれる物、召使などの従者が持つサーバント・キーがあったらしい。

サーバント・キーはもちろんパントリーや台所、裏の通路のドアしか開けられないようになっている。

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ドア外側には、取っ手とエスカッチョンと呼ばれる鍵穴。取っ手を回すと、ドア側面の下の小さな出っ張りが引っ込むようになっている。普段は出っ張っていて、ドアが閉まる仕組み。

取っ手は黒檀製。エスカッチョンは真鍮。

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部屋の内側はメインの取っ手に、内側から回すとロックすることの出来る小さな取っ手。

錠の側面は飾りの為に真鍮板が止められている。

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取っ手を外し、その飾り板も外すと錠を引き抜く事が出来る。

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200年ほど前に作られた錠。あまり使っていなかったらしく、埃などが酷いが、いい出来。潤滑油を注せば、スムーズに動く。

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真ん中が、鍵穴。右の四角い穴が、取っ手の芯棒が入る。

縦に走るアーム部が、取っ手を左に回すことによって、下の左右に走るボルト部を右へ動かし、普段出ている出っ張りが引っ込む。そして、ドアが開く。

面白いのは鍵穴の周りにあるパーツ。

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ブリッジ・ウォード呼ばれるパーツ。

この部分を避けて鍵を回すためには、鍵は下のような形になる。

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小さな家具の鍵では滅多に見られない。

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これは、上の錠の鍵ではないが、優に10㎝を超える大きな鍵。

丁度この頃、蒸気を使った金型で隙間を打ち抜く(?)技法が使われだした。素材はその後も変わっていくが、技法としては今とさほど変わらないことの方が驚く。

上のフロアー、下のフロアーで見ただけでも30余りの錠。当時かなり高価だったに違いない。



昔の技術力に驚くばかり。



今の家の鍵、スペアを作ってもらうとアッというまに出来てしまう。コストも安い。


修復保存の観点から行くと、このような個人のマナー・ハウスで全て錠が残っていること自体稀。そこに住んでいた場合、間違いなく安全上様々なところの鍵は変えられることに違いない。

しかし、この鍵を作るとなると、ワンオフでかなり高くなること請け合い。しかも、信憑性という面では今の錠に比べると格段落ちる。

オリジナリティの面を重視するか、経済的な面を尊重するか、必ず、修復保存の現場で直面する問題である。




さあ、あなたがこのうちのオーナーだったらどうするだろう???









2013/04/23

78 Derngate

78 ダーンゲイト

インテリア・デザインに興味がある人で
チャールズ・レニー・マッキントッシュの名を知らない人はいない
に違いない。
スコットランドはグラズゴーの建築家。建物だけに限らず、
家具や照明を含むインテリア全般をデザインする。いまだ多くの
作品がスコットランドに点在する。マッキントッシュ詣でをするなら、
まずグラズゴーで、そしてその周辺というような感じになる。

彼のアール・ヌーボーに繋がっていくような有機的なデザインは
グラズゴーと言う土地にはあまり馴染まず、ヨーロッパで名声を
博すものの、地元では建築家として仕事が無くなり、スコットランド
を去ることになってしまう。

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この78 ダーンゲイトは唯一、イギリスでマッキントッシュが
デザインした家である。ここでは、有機的なフォームは身を
潜め、幾何学的な模様が目を引く。特に逆さまの三角形が
いたるとこに登場する。

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ゼロから建てたのではなく、もともとあったテラスド・ハウスを
改良と言う形。ぱっとっみは普通の家と変わらないが、

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中はマッキントッシュである。

この家の為にデザインした家具にエリノイドと呼ばれる初期の
プラスチックが装飾で使われていることが知られている。

数年間断続的にこの家とそのオーナーの友達の仕事を少し
し、彼の建築家としてのキャリアは終わってしまう。

忘れられた最後の仕事。
78 Derngate
Northampton
NN1 1 UH
実は私もついこの間まで知らなかった、、、、。




2013/04/14

Hill Top

ヒル・トップ

3199

日本でも知られているナショナル・トラスト所有の建物の一つ。
カンブリアというロンドンから遠く離れた場所ながら日本人の
観光客が引きも切らないようだ。

このカンブリア、湖水地方と呼ばれるこの地域は、あの
ピーター・ラビットの生みの親であるポッター夫人の愛し、移り住み
亡くなった土地である。

ピーター・ラビット人気で日本語の手書きの看板を見るぐらい。

そのロンドンから移り住んだ彼女が、初めて購入した家が
このヒル・トップである。彼女の死後、ナショナル・トラストに寄贈
された。その時の条件が、室内を何も変えてはいけない、と言う
事。(ナショナル・トラストのボランティアの人が教えてくれた。)

ヒル・トップは17世紀のファーム・ハウスでソーリーと言う村の辺り
にある。エドワーディアンの時代である20世紀初頭のインテリア
は古い物から新しい物までぐちゃっとした、最近の流行のような
感じ。

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1階の居間には地元の家具職人に作らせたドレッサー。その
当時でもアンティークと呼んでいいような家具や
ロングケース・クロックが並ぶ。隣の部屋の隅には、日本の
寄木細工で装飾されたキャビネット。

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2階の彼女の書斎。書いた23冊の本の半分ほどはこの部屋で
書かれた物。部屋のインテリアがそこここにその本イラストの中
で出てくる。そのビューロー・ブックケースの前の椅子はあの
曲げ木のトーネットだったりする。

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オークの重厚な天蓋付のベッドのある寝室はオリジナルの
ウイリアム・モリスのハンド・プリントの壁紙で飾られている。

エドワーディアンの時代は裕福な時代である。イギリスは
南アフリカであった戦争では苦戦したものの国内は
ヴィクトリアン時代の産業革命による右肩上がりのお蔭で
富める者はさらに富み、貧しい物は貧しいまま。裕福層は
毎晩夕飯に数時間かける有様でそのテイストはインテリアにも
反映している。

そんな時代も大量生産時代、世界恐慌、第二次世界大戦と
変化をしていくので、古き良き時代のインテリアがそのままが
見れるのはこの頃が最後なのかもしれない。
詳細は→Hill Top

Pictures above from National Trust Images



2012/04/15

Wilton House

ウィルトン・ハウス

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イギリス南中央部にある州、ウィルトシャー(Wiltshire)の街
ソールズベリー(Salisbury)郊外の村にあるこのウィルトン・ハウス。

もともとはカソリックの修道院の跡地に建てられたのが始まり。
現在は18代目ぺムブローク卿が主の個人の所有。2代目はあの
シェイクスピアのパトロン等など、芸術に多大な貢献をしてきた。

現ぺムブローク卿、父親の急逝により、突然、今の地位、財産を
受け継ぐことになった。その後、突如自分の手に託されることに
なった遺産の修復プロジェクトに力を注いでる。

上の写真は旧エントランス。今では建物右側の面が正面になって
いる。(現正面↓)

Wilton

外観のモノトーンな感じと違い、中は一転明るい。中庭を囲む
回廊。大きなガラス窓からは燦々と光が注ぐ。古代ローマや
ギリシアのマーブルの彫像やプラークが並ぶ。

入って圧倒されるのはダブル・キューブと呼ばれる部屋。

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天井一杯の天井画。17世紀に描かれた絵の色の綺麗な事。
家具はウィリアム・ケントのバロック様式で占められている。
石の回廊から色の世界へ。

一階にあるもともとの家の一部にあるスモーキング・ルームに
は18世紀のトーマス・チッペンデールのロココ様式の
最高傑作の一つとされるヴァイオリンの
ブックケース・ビューローがある。

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アンティークを少し齧った事のある人間だったら、必ず圧倒される
に違いない。これが250年も前に作られたとは思えない。

今年の一般への公開は4月から8月の終わり頃まで。
詳細はこちらへ→Wilton House

2010/11/02

Dumfries House

ダムフリーズ・ハウス

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2007年に、ロンドンのオークション・ハウス、クリスティーズで
競売にかけられて、レアな18世紀の家具のコレクションが
ばらばらになってしまう寸前に、チャールズ皇太子が介入し、
お金を集め、最後の足りない分は自腹を切って守った家
(とコレクション)がこのダムフリーズ・ハウスなのであります。

この家具のコレクション、大部分の物が、あの
トーマス・チッペンデール(Thomas Chippendale)の工房によって
作られた物。18世紀に納品されて以来、今までその場所に
逢ったという折り紙付きの一品達。オークション・ハウスの
クリスティーズにとっても数十年に一度の大セールになるはず
だったのに、国宝級のコレクションをこの国に守るという大義の
為に涙をのんだこの一件。

この夏、そのコレクションの管理について、大々的に疑問を
呈したのが、BBCの老舗番組アンティーク・ロードショー
(Antique Roadshow 鑑定団の元ネタ番組)の家具エキスパート
ジョン・ブライ氏(John Bly)。(日本語の唯一のイギリス家具の本
イギリスの家具」はブライ氏の英語の本を、家具研究家の
小泉和子女史が訳した物。)

そのブライ氏が、前回見たときより、保存管理が悪いせいで
家具がひび割れたり、収縮したりしてると指摘。俗に言う骨董の
ウブモノ状態のものを、やりすぎな修復で駄目にしてしまわないか
心配と危惧。競売にかければ40億円もの価値があるこの
コレクションだけに、修復の仕方ひとつで価値を半減しかねない。

このブライ氏のコメントに対して、ダムフリーズ・ハウスの管財人
の一人、元エリザベス女王のコレクションを管理していた
ヒュー・ロバーツ卿(Sir Hugh Roberts)が、ダムフリーズ・ハウスの
ホームページ内で反論の文章を掲載。なんかもつれた感じに
なっているような今現在の状況。

家具修復にはロンドンの2つの修復会社が選ばれ、作業に
あたっている。が、終わったのは、まだソファ2点に椅子数点という
規模。まだまだ先は長い話で、国家遺産をきちっと直して、次の
世代へ引き継ぎたいと、だれもが思っているが、どうなる事やら。
チャールズ卿がかなり自腹を切っていて、経済的に行き詰ったと
言う話も、出回った程。先行きに不安が、、、。今のうちに
見に行っとかないと。でも遠いなあ、、、。

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2008/04/02

SHAW'S CORNER

ショウズ・コーナー

Blog

ショウズ・コーナーと呼ばれるこの家、ナショナル・トラストが管理
している多くの場所の1つ。エドワーディアン期(1902年)に、牧師
の為の家として建てられた物。

19世紀末から始められた、アーツ・アンド・クラフツ運動の影響を
大きく受けている。何故この建物が、ナショナル・トラストの管轄に
なっているかと言うと、この建物の呼び名の通り、ジョージ・
バーナード・ショウ(George Bernard Shaw 1856-1950)が住んで
いた家なのである。

ジョージ・バーナード・ショウ?? と言うのが多くの人の答えかもし
れない。聞いてみたイギリス人もほとんどが、名前は聞いた事が
あるけど、、、、、誰??、って感じであった。調べてみると、彼は
近代演劇の確立者として有名で、ノーベル文学賞、オスカーも
受賞している。あの「マイ・フェア・レディ」は、もともと彼の戯曲
をミュージカル化した物だそう。

そのバーナード・ショウが亡くなる1950年まで40年余り住んだ家。
良い意味で、その当時の人の生活の良いサンプルである。当時の
最新の物と古い物が、ごっちゃになった家。台所に行くと、1920
年代の鋳鉄のオーブン、ホーローの入れ物、銅製のジェリーの型、
真ん中に鎮座した、こけたヴィクトリアンのパインのテーブル。

その建物が作られた頃、流行したヴォイゼイ(C.F.A.Voysey)のハート
のモチーフの階段。バウハウスの影響が見られるような、初期の
蛍光灯のランプ。ガンジーのポートレート。その後のアール・ヌーボー
に繋がる植物のモチーフのステンド・グラス。

決して、派手ではないし、息を呑むようなインテリアではないけれど、
普通の機能的且つ使い勝手の良いインテリアの好例ではないだろ
うか。

Shaw's Corner
Ayot St Lawrence, nr Welwyn, Hertfordshire
AL6 9BX

National Trust Home Page

2007/12/05

HATFIELD HOUSE

我が家から最寄のマナーハウスの一つであるこの
ハットフィールド・ハウス。エリザベス一世が幼少時に過ごした
場所として有名である。(厳密に言うと、今現在のハウスではなく
隣に立っているオールド・パレスがそうである。)

ロンドンから電車で行きやすく、入り口のゲートは駅降りてすぐ
目の前。もちろんそこから家までは結構歩かなくてはいけないが、
他の足が無いと絶対行けない所よりはましである。ロンドンに観光
に来た際にもちょっと寄れると思うのですが、、、。

エリザベスの時代、16世紀後半に建てられた物なので、
インテリアはチューダー、もしくはエリザベシアンと呼ばれる
オークを基調とした彫刻の多い、見た感じ重い物。イタリア、
ルネッサンスの影響もあってややグロテスクの流れを
汲んでいる。

入ってすぐのホール、白黒の市松模様の石の床に、壁には
オークのパネルに、恐らくフレミッシュのタペストリーが掛かっている。

グランド・ステアケースと呼ばれるメインの階段も総オーク作り。
手すりの上の彫刻は一見の価値ありである。木を触ったことが
ある人なら、わかるがオークは硬い。あまり彫刻に向
いている木とはいえない。少し彫っては砥いで、また少し彫っては
砥いでの繰り返しだったに違いない。

ただこの時代のものは、大概後年手が入れられたりして、そのまま
残っている物は少なく、ここはその時代のインテリアを見るのに
恰好の良い例である。

 

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2007/09/01

BURGHLEY HOUSE その2

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500年近く、同じファミリーが、同じ家に住んで
いるが、皆がみんな、アートに造詣が深い訳
ではない。今、現在、この家のインテリア、
室内を飾る多くの絵画や家具、陶磁器の
コレクションは、5代目当主John、及び、
9代目当主Brownlowの貢献とされている。

5代目は、イタリア人の画家Verrioを引っ張ってきた張本人。
奥方はチャッツワースに住むデヴォンシャー卿の娘である。これで
ギボンズの彫刻の謎が解けた。

9代目は、その頃、ポンペイの発見などで人気の出始めた
新古典主義(Neo-Classicism)をいち早く取りいれている。

この手の家を廻る時は、確実といってもいいほど、始めに
ガイドブックを買う。一々読む必要もないのだが、その部屋ごとの
見所をさっと教えてくれて便利である。

Pierre Goleのマルケトリー・キャビネット、Ince & Mayhewの
キャビネット、柿右衛門の置物。

2007/08/31

BURGHLEY HOUSE その1

バーリー・ハウスに行ってきた。

ロンドンから140㎞ほど北上した、スタムフォードと言う街の郊外に
ある。広大な敷地にぽつんと家が建つ、とは言ってももの凄く
大きいのでぽつんと言う感じはしないが、、、、。

英国の中でも、最も価値のあるマナーハウスのうちの1つにも
数えられ、あの「ダヴィンチ・コード」の撮影にも使われた。

16世紀後半に、バーリー卿の為に建てられたこの家、数回の
大規模な内装の変更を経て、今現在に至る。

ぱっと入って、目に付くのは壁のオークのパネル。いたるところに
ギボンズ(Grinling Gibbons)の彫刻が飾られている。彼は
チャッツワース(Chatsworth)での彫刻でも有名。壁という壁が
タペストリーで覆われている。

そこを過ぎると今度は天井画。これは17世紀のもの。イタリアの
画家、アントニオ・ベリーオ(Antonio Verrio)の作品。11年の歳月
を掛け、多くの部屋が彼の天井画で彩られている。

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