ブック・レヴュー

2016/05/08

「イギリス人アナリスト日本の国宝を守る」

イギリス人アナリスト日本の国宝を守る」

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この本に関する、最初に見た書評では、意外というか、ネガティブ、つまり否定的な意見が多かったのを覚えている。


初めて、手に取り、読んでみて納得。見事に、日本の痛い所を見事に突いている。太った人に、太ってるね、と言うと怒られるのというのと同じで、著者のアトキンソン氏の外から見た公平な目が、伝統や文化的、日本的というオブラートに包まれた事実を上手く選び、数字を使って上手く問題点を指摘している。

日本は、イギリス同様、沖縄を除けば、自国内で大きな対外戦争も経験がなく比較的、文化財が残っている国である。

2019年のラグビーのワールドカップ、2020年のオリンピックを考えても、観光に力を入れるのは当然の事、ではあるが、そのサービスの質を考えるとまだまだという感じ。WiFiはどこに行っても通じず、文化財のある施設には中国語、韓国語の表記はあるのに英語が無かったりする。

アトキンソン氏が参考として例を出すように、イギリスはそういう意味では、ある側面いいお手本かもしれない。ボランティア団体のナショナル・トラスト、政府主導の独立行政法人のイングリッシュ・ヘリテージが、自然、文化財の保護にしのぎを削っている。

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文化財保護の基本はプリザベーションとプレゼンテーション。それ故に、これらの団体が保存している建物、もちろんどんがらではない。その中には、絵画や陶磁器、家具等が当然含まれる。修復・修理に関しても、アウトソーシングで定期的にメインテナンスを行っているのだが、数が数だけに現状としては追いついてない感じがする。

物価高のイギリスは観光客にとっても頭の痛い所。前政権労働党が施行した、国民にもっと芸術をという、公の美術館、博物館入場料無料というのは、その観光客にとって救いの神。大英博物館やビクトリア・アンド・アルバート博物館は常時、多くの人で賑わっている。

それ故に、ミュージアム・ショップの商品の充実や館内のレストラン、カフェなど、ヘッドホンによるガイド・ツアーなどで新たなお金を落としてくれる収入源を考えなくてはいけない。そのような流れが、雇用を生みだし、観光産業の活性化にも繋がる。

観光業はまだまだ伸びる余地のある産業。如何に観光客にお金を落としてもらうかは、アイデア次第。それに文化財を上手く使わない手はない。もちろん予算や人材の問題もあるのだろうが、最終的には如何に楽しんでもらうか。そこを考えると、おのずとやらなければいけないことが見えてくるのは気のせいか、、、。









2015/10/05

「文明開化と明治の住まい」

Cultural Enlightenment And Living Style in Meiji Era」

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著者の中村圭介氏の名前を知ったのは、インターネット上で幕末からの椅子のデザイン小史という記事を見つけてから。この記事は、商工省工芸指導書から発行していた「工藝ニュース」に載っていたもの。  1973年の発行の物に載っているこの記事、後にも先にも、明治期前半の椅子に焦点を当てた物はいたって少なく、いつも文献探しには苦労したりする。 幕末からの公式の場、公共の教育機関等での椅子座の使用開始から、皇室、官庁、財閥系や華族が推し進めた欧米化政策。試行錯誤の上、国産の洋家具を確立させた、と、一言でいえば、明治期の日本の洋家具はこんなものだが、なんせ現物が残っていない。 一般人が椅子座に馴染みだすのはそれこそ、大正デモクラシー以降、インテリアという概念が出てくるのもその頃なので、それ以前は建築という箱に焦点が当てられていて、付属物として扱われていた家具。 明治の初めに外国人の為の迎賓館として建てられた延遼館の椅子が、その後も鹿鳴館や明治宮殿でも使いまわされている実情を知ると、そもそも椅子としての個体数が少ないのが想像出来る。 明治期の洋家具に興味がある私としては、洋風建築の流れと付随する形で作られていった家具を写真で見られるだけでも有難い感じはする。 本書の趣旨としては、洋の宮中、和の庶民を含めて、幅広くトピックスが集められているので、この時期の日本の生活文化を検証する上でも面白い一冊である。 が、日本の工芸のジャンル分けにおいて家具というカテゴリーが確立されていないためか、専門家でもひょんな勘違いをしたりする。 Dsc01497_2 輸出漆器の世界では有名な家具である。オランダ、ハーグのハウス・テン・ボス宮殿にあるキャビネット・オン・スタンド。1680年ごろの製作。1684年の財産目録に載っている。 長崎の出島をデザインした面白い物であるが、鎖国後の1636年に出来た出島がデザインされているので明治の輸出品という記述がある。 点と点をつなぐ、線と線をつなぐ、もしくはジクソ-パズルの無くなったピースを埋めるのが所謂歴史家、研究家の仕事である以上、国内と国外、西と東、過去と現在をつなげた大きな枠での家具というジャンルは大切だなあと思ったりするのである。 Dsc01498
 


2015/07/26

「金・銀・銅の日本史」

「金・銀・銅の日本史」

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日本の文化はよく木の文化だと言われる。

その言葉の通り古くから残る多くの建物は木造が多く、昔から残る遺物でも木製が多かったりする。

実際、鉄が大陸から輸入され始めたのは、紀元前3世紀頃。その歴史自体は古くとも、製鉄技術の未熟さなどにより本格的に鉄が使用されだすのは鎌倉、室町時代を待たねばならなかったようだ。

さて、金、銀、銅。まず思い浮かぶのは青銅として銅の使用であろう。柔すぎる銅の強度を補う為や鋳物などの時の融点を下げる為などに錫を加えた青銅は奈良の大仏にも使われている。ちなみにこの頃の銅は国産のものである。


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そもそも、スタートは全てが大陸からの輸入に始まり、鉱山の発見、採鉱、製錬、精錬と第1の技術の獲得、そこからさらに第2の技術である、もっと精巧な形状、機能性の追求、仕上がりの出来の良さと進んでいく。

銀・銅に関しては奈良の大仏に見られるように、その当時にはすでに技術は第2に移行しており、少なくとも飛鳥時代には第1の技術は取得していた。金に関しても、東北で鉱山が発見され、そこで産出された金が藤原氏の中尊寺金色堂にふんだんに使われたことは有名。

家具史上で金属が出てくるのは、釘としての鉄や錠や飾りマウントなどの真鍮。
(以前は、飾りマウントは青銅製と言われていたが、最新の科学技術により、金属組成が分析出来るになり、実は青銅より黄銅と呼ばれる真鍮のほうが近いと言う事がわかった。)

日本で銅と亜鉛の合金である真鍮が一般的に登場するのは種子島の鉄砲伝来以降と言われる。ヨーロッパでも18世紀の中頃、新しい真鍮の精錬方法が発明され、亜鉛の含有量が多い物が作れるようになった。

つまり、真鍮の金属組成を調べると、亜鉛の含有量の多い少ないである程度の製造時期の特定が出来ると言う事である。

多くの歴史上の銅合金は鍍金の土台にされてきた。銅と金の密着の相性の良さによる。家具の飾りマウントも鍍金を施されているものが多い。

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現在の金メッキの技術が確立するまではマーキュリー・ギルディングと呼ばれる方法が使われてきた。水銀と金のアマルガム(柔らかい合金、水銀が常温でも液体状な事による)を鍍金したい躯体には毛などで塗り、火にかけ、水銀を蒸発させると、金が躯体上に残るという方法。

上の写真のように、蒸発させた直後は金の粒子がただ表面に付着しているだけなのが見える。それをヘラ磨きという工程を経て、初めて、艶が上がる訳で、一つ一つが多くの工程を経て製
品になっていると言う事。

鋳物についても、同じでロスト・ワックスと呼ばれる方法で砂型を使って物を作っても、その後研磨やチェイシングと呼ばれる細かい彫りの作業をしないと綺麗な仕上がりにはならない。

出来た製品は、外側は綺麗だが、裏側を見ると色々な物が見えてくるといるというはこういうことである。

作者の村上氏は元奈良文化財研究所上席研究員、現京都美術工芸大学教授。歴史材料科学を専門とする。工芸品をデザインなどの芸術的側面ではなく素材や製作法などから新しい切り口からとらえるといことは、新しい科学技術の発展と共に新しい発見をもたらしてきた。

一読して思うのは、まだまだ知らないなあと言う事。それ故に、面白かった。違う切り口で歴史を紐解くと全く違う事実が見えたりする。

個人的にはもっともっと分析機器等が廉価になればいいと思うのだが、まだまだ一般の会社にとっては高嶺の花。しかし、これから先もまだまだ新しい発見があることを期待できるのではないかと期待するのであった。

「金・銀・銅の日本史」
村上 隆著
岩波新書
岩波書店



2015/06/24

「日本人と木の文化 インテリアの源流」

"Japanese and Wood"

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ひょんなことから巡り合ったこの本。

実はこの本、ネット上で全部読めたりする。

大阪の中川木材産業さんの「木の情報発信基地」のホームページ。

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最初に気になったのは、この第5章の最後あたり、「広葉樹を身近にした洋家具」「隣国の意外な木の使い方」「東西で異なる木肌の好み」。日本における洋家具の黎明期に関心が高い自分としては、どんぴしゃのサブジェクト。

著者の小原二郎さんは木(木材)の専門の他に、インテリアにおいて人間工学と言うジャンルを確立させた第一人者でもある。

一般に木を考える時、広葉樹は針葉樹が構造的に進化したものだそうだ。そう単純に言われると、人間の性で広葉樹の方が針葉樹よりも偉いように感じてしまう。しかし、日本人は昔から針葉樹を建築に彫刻にと使ってきた。


その代表はヒノキで、世界で最古の木造建造物は、そのヒノキで出来ている。ヒノキは切られ、製材され使われて200年たった時位が、一番強度が高い。そこから1000年程かけて元の強度に徐々に落ちていくそうだ。

無垢の家具ついてよく言う、「100年かけて育った木で作った家具は100年持つ」というのは、かなり過少評価で、適度にメンテナンスと乱用さえしなければ、いつまでも持つに違いない。

この本の中でサブジェクトはかなり多様に渡る。第一章の「木の魅力と日本の住まい」では、いかに日本人の普段の生活が木に密着してきたか、続く第二章から第五章までは、大仏などの彫刻に使われてきた木材の移り変わりを探り、第六章で木の構造、最後の第七章で木の流通についてが書かれている。

一読すると、あまりにも日本の木について知らないことに驚かされる。センダンやコウヤマキ、カヤなどは多分見てもわからないし、明治期の初めにオークの代用として使われたケンポナシ、その後ヨーロッパに輸出されたナラ。

やはり家具と一口で言っても、その背景に目を配らないと見えてこないものが多いと改めて思わせてくれる一冊であった。

「日本人と木の文化 インテリアの源流」
小原二郎著
朝日選書 262
朝日新聞社
1984年発行







2015/05/31

「平成蘭学事始」

Episodes uit de geschiedenis van de Japans - Nederlandes betrekkingen in Edo en Nagasaki

上はオランダ語で付いている副題「江戸・長崎の日蘭交流史話」。

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著者は、江戸時代、出島、長崎の阿蘭陀通詞と呼ばれる、オランダ語通訳に関する研究の第一人者。ここ20年余りに書かれた、小文、短文の類を集めた物。

私たちの世代が学生だった頃習った、「鎖国」などと言う言葉がほぼ死語になってしまうほど、歴史学において、新しい研究が盛んになり、もっと様々な事がわかってきた。

オランダ人を通した、輸出漆器の繋がりで読んでみた本だが、自分があまりにも物を知らないのにびっくり。あとがきで著者が述べている、一言に大きく頷いてしまった。


"通詞の関与を追及、片影を追って、出島はもちろんのこと、オランダ商館、長崎奉行、長崎の町役人、カピタンの江戸参府、オランダ宿、出島の三学者、蘭方医、蘭学者、輸入の品々、輸出の品々、出入り禁制の品々、人の交流、品物の取引とその行方、金銭交渉とその実態、海外情報・世界知識の入手・活用、鎖国日本の世界への発信、医術・医学、学術成果、軍事科学技術、機構や施設、生活文化、異国趣味、遊び、芸術などなどに目配りしなければいけない”無限世界”に、どっぷりとおちこんでしまった。"  本文あとがきより


詰まる所、ここに挙げた、どのテーマを取っても、その物を体系的に理解するためには、それ以外のこれだけの物に目を配らなければいけないと言う事。

人の生活に密着する文化的活動は一つだけ切り取っては、その全体像が見えないという事。

家具1つを例にとっても、その文化的背景を知ると、その意匠や材料、構造を、何故そうなのかを知るのに大きく役に立つ事が多くある。

戦争や革命で疲労困憊のヨーロッパに比べれば、何とも豊かだった日本の江戸時代。江戸時代の日本外交史の導入編として是非一読して欲しい本である。

「平成蘭学事始-江戸・長崎の日蘭交流史話」
片桐一男著
智書房 2004年






2014/06/29

「続 職人衆昔ばなし」

"Old tales from craftsmen again"

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既刊の「職人衆昔ばなし」の続編と言うよりは、雑誌「室内」での
連載が終わった後、職人さんの職種により若干掲載順を変更
し纏められたものの下巻と言う趣。

過去のブログで紹介した「ウィンザーチェア大全」の中に
この本から引用された"ウインザーの松本と呼ばれた男"という
小話が紹介されている。これが、この本を知ったきっかけで、
家具・木工関連で言うと、建具師、指物師や椅子張り師、家具師
等が紹介されている。

昭和35年5月  中沢楢太郎 大工 明治14年生まれ
昭和35年3月  大津鉄吉   大工 明治18年生まれ
昭和35年2月  森武平    大工 明治31年生まれ
昭和34年10月 川端惣吉   建具 明治20年生まれ
昭和35年1月  田中才次郎 建具 明治20年生まれ
昭和34年12月 川口政雄   建具 明治30年生まれ
昭和36年3月  蒔田常次郎  左官 明治10年生まれ
昭和36年9月  溝呂木義郎  指物 明治37年生まれ
昭和36年12月 横山吉次郎  塗装 明治33年生まれ
昭和37年2月  綱島常吉   塗装 明治37年生まれ
昭和37年3月  蒲生生次   塗装 明治40年生まれ
昭和36年1月  竹本金太郎  鳶 明治26年生まれ
昭和37年10月 九重年支子  織り 明治37年生まれ
昭和35年11月 鈴木次郎吉  作庭 明治4年生まれ
昭和35年8月  岡村仁三   数寄屋大工 明治17年生まれ
昭和35年7月  小林丹治   宮大工 明治22年生まれ
昭和39年1月  松本敏太郎  家具 明治32年生まれ
昭和39年2月  古谷松雄   家具 明治38年生まれ
昭和39年3月  井上源之介  家具デザイン 明治29年生まれ
昭和39年6月  清川直英    箪笥 明治33年生まれ
昭和39年7月  小谷誠市朗  銘木屋 明治22年生まれ
昭和39年8月  湊庄吉     材木屋 明治18年生まれ
昭和39年4月  国井喜太郎  技術指導者 明治16年生まれ

一読して思うのは、明治の時代はかなり面白い時代だったに
違いないといこと。明治以降、大々的に外国人と
コミュニケーションを取ることを許された庶民が、良い意味でも、
悪い意味でも変わっていかなければならない時代。

自分が家具が専門なせいもあるが特に洋家具製作に関しては、
興味深い口述が多い。

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例えば、イギリスでも19世紀以降主流になったシェラックに関して、

"アルコールを四割入れて延ばすところから「四割シケラックニス」
って呼ばれたそいつを、アメリカから日本に持って来たのが、実
はあたしの親父なんだよ。


と、1870年頃の事を述懐していたり、


家具材に関しても、

"特に官庁家具はみんな最初は春慶塗りにきまっていたもんだ。
材は豪華なモミ、ヒバ、ケヤキ、ちょっと落ちてもナラってところ
で、官尊民卑の国らしいや。"

"明治初年には長崎に行って、五年頃から芝で椅子を作って
いたんです。"


こんな風に、洋家具製作の日本での始まりなんてのがあって一挙
に西洋のスタイルを吸収していったことが想像出来ます。

この2冊でインタビューに答えてくれた職人の方々の多くは、恐らく
亡くなられているのではないかと思います。それでも、残された
人間がこういう心持を少しづつ引き継いで行かなければなら
ないんだろうなあと切に感じさせる一冊でした。

「続 職人衆昔ばなし」
斉藤隆介著
文芸春秋刊







2014/06/21

「職人衆昔ばなし」

"Old tales from craftsmen"

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昔いた工房で定期購読していたインテリア雑誌「室内」。

昭和30年に創刊した「木工界」が、36年に「室内」と言う名前
に変更されたそうです。資料によると、この職人昔ばなしは、
30年代中頃から、40年代の頭にかけて連載されたものを
2冊に纏めたものだそうです。

私自身は、自分の生前前に連載されていたものなんかは
もちろん知らないし、知ったのは偶然。

ここには、27編の様々の職人衆の人生が描かれています。

昭和35年6月  味方寅治  大工 明治33年生まれ
昭和35年4月  木所仙太郎 大工 明治23年生まれ
昭和34年11月 川村富太郎 建具 明治10年生まれ
昭和36年8月  茂上恒造  指物 明治28年生まれ
昭和36年10月 小川才次郎 指物 明治9年生まれ
昭和35年12月 田中米吉   鳶  明治32年生まれ
昭和36年2月  池戸思楽  左官 明治22年生まれ
昭和36年7月  田丸恵三郎 畳  明治36年生まれ
昭和36年5月  新井茂作   瓦  明治23年生まれ
昭和36年5月  中村勝五郎 石屋 明治19年生まれ
昭和35年10月 飯田十基   作庭 明治23年生まれ
昭和37年1月  長谷川信太郎 漆 明治17年生まれ
昭和37年4月  磯崎祐三  塗装 明治27年生まれ
昭和37年5月  林中之助  竹芸 明治44年生まれ
昭和37年6月  林二郎   家具木工 明治26年生まれ
昭和37年7月  村松喜市  塗装 明治29年生まれ
昭和37年8月  岩田藤七  硝子 明治24年生まれ
昭和37年11月 樋口金正  飾り職 明治40年生まれ
昭和37年12月 高野松山  蒔絵  明治22年生まれ
昭和38年1月  片岡華江  螺鈿 明治22年生まれ
昭和38年2月  中村鶴心堂 表具 明治25年生まれ
昭和38年4月  岡村多聞堂 表具 明治37年生まれ
昭和38年5月  陳乞朋    ほねや 明治28年生まれ
昭和38年6月  藤代重    漆   明治34年生まれ
昭和38年7月  筒井辰次郎 椅子張り 明治25年生まれ
昭和38年8月  佐藤重雄  組子  明治44年生まれ
昭和41年1月  土田一郎  目立て 昭和3年生まれ

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業種は様々、殆どの方は明治生まれ。イギリスの暦で言うと、
ビクトリアの時代後期から、エドワーディンと言う具合。

今の中学生の歳の頃に日本の師弟制度である丁稚奉公で
その職の師匠の所で住み込みで働き始めます。その丁稚
が終わる20歳代の初めにはいっぱしの職人です。

東京に住んでる方が多かったので、関東大震災、東京の
大空襲を経験し、全ての方に一貫して聞かれるのは、戦前、
戦後で大きく変わってしまった事。

明治以降、大きく社会は変わりつつも、日本人の事ですから
西洋一辺倒ではなく、良いとこを上手く日本流に変化させ
ながら俗に言う西洋化をしていったのが、戦後はそれこそ
一辺倒に押しつけられた形で発展していった綻びが色々な
所に出てきたのだろうと思います。

そういう意味では、本当の職人と言う人達が生まれる土壌は
もうすでに残っていないのかもしれないと言う事。

その上、本書の中で多くの方が、後継者の存続に関して、何か
手を打たないと拙いと思っている。50年ほど前のインタヴューで
危惧されていた問題、今ではさらに状態は悪くなっているのでは、
と思ます。蒔絵の筆や日本画の膠、職人さんがいないために
作れなくなっていくものがどんどん増えていくでしょう。

一番上に書いたように職人を英語にすると"Craftsman"と言
う訳が出てきます。でも何故かしっくりこない。全てが
サラリーマン化しているこの世の中では、何を持って職人と
呼ぶかは凄く難しい気がします。私が思うに、それは技術
だけでなく、気の持ちようであったり、仕事への取組みで
あったり、いかにその職業にプロフェショナルであるかに尽きる
と思うのですが。

既に廃刊の本ですが、アマゾンなどで意外に簡単に手に入る
本です。是非是非、若い層に読んで欲しい。文庫本やキンドル
でも手に入りますが、ハードカバーの物をお勧めします。
紙の上に印字されたものの手触りが何ともいい。やっぱり本は
紙だなと思うのです。

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「職人衆昔ばなし」
斉藤隆介著
文芸春秋刊




2014/05/10

"The Restorer's Handbook of Furniture"

「家具修復士のためのハンドブック」

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多くのこの手の家具修復に関するマニュアル的な物が発行され
ている。(もちろん基本的には外国語だが)

プロフェッショナルとしてある程度一通りのことを経験してしまうと
この手の本を開く機会もめっきり少なくなってしまう。

そんな中でこの、「家具修復士のためのハンドブック」。

結構古い物である→1977年発行。

勿論、基本としては伝統的な技法を使った家具修復なので、多く
の事は全く変わっていない、もしくはほとんど変わらない、である。

英語圏の人間(第二外国語として英語しか持っていない私自身も
含む)は、基本的に他言語(英語以外)で書かれた文献には
無頓着である。

これは英語に翻訳された本である→原著はフランス語。

ヨーロッパに於けるアンティーク家具の世界において、その
デザインの原型はいつでもロンドン、もしくはパリからやってくる。

質実剛健のイギリス製に比べ、ベニヤやギルト・ブロンズのの多用、
構造の違いなど、生活習慣や考え方の違いから生み出された
フランスの家具。そんな所を教えてくれるのはとても面白い。

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使う材も、少しづつ違ったりする。

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17世紀の末から、パリで流行した家具、ブール・マルケトリーに
ついても1章割いている。70年代の初頭頃、ルーブル美術館の
修復部門ではこのブール・マルケトリーの修復にPVA(日本でいう
白い木工ボンド)が使用されていたそうだ、と言うような、
いまでは、修復士がびっくりするような話が紹介されている。

ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館の修復部でも
その昔、いまでは間違いなく"No, No"と言われるアンモニア溶液
がギルト・ブロンズのクリーニングに使われていたりする。
(V&AのHPを見てみると確認出来る。)

現代の修復は、伝統的な技法の上に最新のサイエンスや素材を
いかに乗っけていくかがとても重要なポイントになっていて、その
最新の部分に関してはトライ・アンド・エラーの繰り返しだったり
する。勿論、現代になって新しく起こってきた問題に対処するため
にも絶対必要なものである。

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ギルディングで、金箔を貼る前の様子。

一番下地には黄色のクレイを使ったボール(Bole)。
彫刻の一番底に金が入らなくても目立たない。
赤のクレイを使ったものはその上に、彫刻の中の高い所に
ハイライトを出すために塗られる。金箔は少しだけ半透明な性質
を持っている為、下の赤が金箔に暖かい色味を与える。

たかが修復、されど修復。
国が違えば、道具が違う、やり方が違う。
新しい視点という物は絶えず、新しいアイデアを与えてくれる。
良書。

"The Restorer's Handbook of Furniture"
Daniel Alcouffe
A Van Nostrand Reinhold Company
1977






2014/05/03

"Baroque Furniture in the Boulle Technique"

「バロック家具におけるブール技法」

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知らない人にはタイトルを見てもなんのこっちゃですが、、、。

ルネサンス期後に始まった美術、建築などにおける様式とでも
言えばいいのか、ちょうど日本では戦国時代、江戸時代と言う
感じでしょうか。

ブールと言うのは人の名前、ルイ14世に仕えた王室御用達の
家具作家。そのブールが得意だったのがブール・マルケトリーと
言われる真鍮と鼈甲のコンビネーションのマルケトリー。

ざーっと、ブール・マルケトリーで検索してみても国内の骨董家具
屋さんのストックではヒットしないので、恐らく日本ではあまり見る
ことが出来ない類の物だと思ます。

そもそも、このブール・マルケトリーは日本の蒔絵をから
インスピレーションを得て考えられたコンビネーション。黒漆の
バックグラウンドに金の蒔絵。この光沢を再現するために敢えて
鼈甲を使い裏側を黒くして黒漆を、金の代わりには真鍮で代用。

そんな訳で、本物を知っている日本人にはちょっと派手すぎて
あまり好みじゃない感じなので、骨董商の方も仕入れ時には
ちょっと手が出ないのかもしれません。

その当時のヨーロッパの流行にバシッと填まったもう一つに中国
や有田の青白の陶磁器があります。そのコレクションを置く部屋
の家具にもこんな装飾が施されたりします。
(J・ポール・ゲッティ美術館より)

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白は象牙、青は牛の角を薄くした物の後ろに青い顔料を施した
もの。つまり青と白です。その頃の日本や中国の影響はバカに
出来ないのです。


本自体は、ドイツ、ミュンヘンにあるバイエルン国立博物館
行われた展覧会にあわせたシンポジウムの紀要集。

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第1部は博物館のコレクションにある家具作家
Johann Puchwiserによって作られたブール・マルケトリーで
装飾された机のコンサーベーションに関する物。技法、歴史、
分析と多岐にわたり、今の博物館の役割と言う物を感じさせ
ます。

公的な機関とはいえ、予算はピンときり。このプロジェクトも
ゲッティからの基金があって実現しているので、プライベートの
工房でここまでするのは当然無理。しかし、プロフェッショナルで
ある以上やはり最新のトレンドには敏感にならねばと思う今日
この頃。

第2部は世界中からブール・マルケトリーで装飾された家具を
コレクションに持つ公的な美術館、博物館等からの修復報告や
今までどう修復されてきたか。

このオーガニックと非オーガニックの素材の組み合わせは、
斬新な視覚的効果を産みだすと同時に、素材の性質の違いに
よる予想できないリスクを含んでいる。大概の場合は、湿度に
無頓着な金属が、過敏な木材や鼈甲の置き去りにしてしまう
(剥落してしまう)。さらに金属研磨剤や不注意な取り扱いが
さらに状態を悪くする。
恐らくこの辺が日本のアンティーク・ディーラーさんが手を
出さない理由かもしれない。

2014/02/08

"ウィンザーチェア大全"

"THE WINDSOR CHAIR"

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日本の民藝運動の中でも出てくる、このウィンザーチェア。

英国でも人気で一時期、一脚500ポンド以下で見つけることが
出来なかった程。今では良い物を見つけるのがなかなか難しく
なっている。
そのウィンザーチェアに関して、幕の内弁当的に何でも詰め
込んだ日本語で書かれた一冊。家具を勉強する人間にとって
は日本語で書かれた家具の文献というのは圧倒的に少なく、
さらにマイナーなウィンザーチェアを網羅しているとあれば、
好きな人は好きに違いない。


そもそも何を持ってウィンザーチェアと呼ぶのか??


昔の文献やら、逸話などを見ると、元々はどうもフープ・バック
と呼ばれる背ずりの上がフープのようになっているタイプの物
をウィンザーチェアと呼んでいた様である。

が、このウィンザーチェアに関して権威の一人であるB.コットン氏
が自著にウィンザーチェアではなくリジョナル・チェアと冠している
ように本来は、様々な地域のカントリー・チェアの一つを
ウィンザー・チェアと呼ぶべきなのかもしれない。

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様々なタイプがあるが、本来この手の木の椅子は、スツールに
背もたれが付いた、バックスツールから進化した物。

北イングランドで主に作られた、ラダーバックやスティックバックと
呼ばれる形は前者はヨークシャー地方、後者はダービー地方で
多く作られた形から派生したものではないかと言われている。

その反面、南イングランドで一般的だったフープバックは、
東南アジアのラタンの椅子や、中国の曲碌からアイデアが
来たのではと密かに思っているのだが。

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個人的に一番、興味深かったのは日本の椅子事情とどのよう
にウィンザーチェアが普及をしていったかと言う項。明治後期
から戦前までの物があまり現存していないのがとても残念。

「ウィンザーチェア大全」
島崎信、山永耕平、西川栄明著
成文堂新光社
\4500+税
ISBN 978-4-416-61307-8
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