椅子

2009/06/18

"Throne Chair"

「王様」椅子

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スローン・チェアーと呼ばれる椅子。

ライオンを型取った肘掛が何とも物々しい。恐らくマハラジャ
の為に作られたと思われる。ローズウッドの構造材に、銀の
シートをハンマーで打ちだし、植物や花などをエンボス加工
した物を、元の躯体に巻き付け銀の釘で留めてある。

良く見ると、シートの重なり、接合部が見えるのだが、パッと
一見すると銀製の椅子にしか見えない。この銀を贅沢に
使った椅子、決して座り心地が良いとは言えないが、見る者を
圧倒させる出来である。でも何故銀なのだろうか??

今でこそ、金、銀、銅と言う呼び方をするが、銀は古代エジプト
の時代から、金より高価なものであった。自然界に砂金として
存在する金と、精錬するのに加工手間をもの凄く要する銀とで
は当然かもしれない。日本でも7世紀には銀製の和同開珎が
作られており、銀が一番高価な金属だったことが伺える。
14世紀初頭に石見銀山が発見されてから、当時の日本は世界
で1,2を争う銀産出国となった。

15世紀以降コロンブスの南アメリカ大陸発見以来、廉価な現地
の奴隷を使っって掘り出された安い銀がヨーロッパに大量に
入って来る(メキシコは最大の銀の産出国)。その結果、
ヨーロッパでは、金と銀の立場が逆転する。需要より供給が多く
なってしまった銀の価格は暴落。そして、その銀が、インド
の香辛料を買うために多くアジアに流れて来る。

お金を扱うところでも、金行ではなく、銀行であるように、銀の
産出量が増えたことにより銀で硬貨を製造することが、まだまだ
主であるアジアの国々では、19世紀の後半頃までは銀が主な
希少金属で有った。そんな経緯を経てマハラジャ達が作らせた
のが銀の椅子である。19世紀前半からほぼ英国の支配下に
あったインドは英国の家具のデザインを多く持ち込まれ、その
影響を強く受けた為、2カ国のデザインの融合とも言える椅子が
こうして誕生した訳である。

2009/05/07

ウブモノ??

うぶもの

聞き慣れない言葉だが、骨董業界で初めてマーケットに出る、
倉に眠っていたようなで物の事を言うらしい。

先日、座面が落ちていた椅子を剥がし始めた。

デザイン的には1810年頃のリージェンシー(Regency)の椅子。

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よく見ると、座枠の上側にスタッフィングを止めてあったタックスの
跡しかない。と言うことは、このウェビング(力布)やスタッフィング
は一番最初に張られた時の物と言う事になる。

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さすがに一番上のトップカバーは替えられていた。もともとは真鍮
鋲が座枠の下側に打ち込まれていたようだ。座枠の下側に列に
なった穴が見える。

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スタッフィングはお約束の馬毛。今の家具にはほとんど見られ
なくなった。

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座面が落ちている訳でした。ウェビングが、、、、。

2009/03/07

LURASHELL

ルラシェル

1960年代頃に、不思議な椅子を作っていたメーカー。

多分イギリスの会社だと思うのだが、詳しいことはわからない。

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イームズのポリエステルをグラスファイバーで補強したシェル状
の椅子が、MoMA(Museum of Modern Art、
ニューヨーク近代美術館)で1948年に行われた「ローコスト家具
デザインコンペ」で発表されて以来、石油から作られる
プラスティック(合成樹脂)による造形は家具作家(デザイナー)に
新しい可能性をもたらした。

このロッキングチェアーもその一つ。その頃、流行していた
G-Plan(ジー・プラン)を彷彿させる、チーク製の木材部に、
プラスティックのシェル型の座面。いたって簡単な構造。シェル型
の裏には「Lurashell」のスタンプ。同じシェル型を用いた色々な
ヴァージョンが存在していて、金属製の4つ脚だったり、回転する
物だったりと様々。

このロッキング・チェアーはかなりレア。と言うよりは、構造上の
問題により木部が壊れてしまって、あまり現存していないという
のが正直な所か。フィンガージョイントの良く出来た接合も、
悲しいかな60年代以降に普及したセントラル・ヒーティングに
よる室内の極度の乾燥によりいくらチークでも、材が縮み
接合部が弱くなってしまっていた。(片側に付き4つの接合部)

何とも言えぬ、とぼけた感じの椅子である。座面が大きいので
座りコゴチは間違いなくよい!!在来の椅子のデザインからの脱却
し、その頃のアメリカとソ連とこぞってロケットを打ち上げて、
どちらが月へ早く行くかにわくわくしていた近未来のスペース・
エイジ的なデザインだったに違いない。

2009/02/13

トーネットのこだわり

Thonet's Enthusiasm

たまたまあった2種類の、俗に言うカフェベントを較べてみた。

このデザインは、19世紀末にトーネット社がデザインした#221
の発展型だと思われる。背もたれの部分の材のせいで若干重く
なった感じは否めないが、雑多な人に座られる什器としての
椅子として耐久性は上がっている感じはする。

ただし座り心地は抜群に良い!!背中に当たるカーブが何とも
言えない。機能性を高くしても、こだわりは捨てきれない。

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右がポーランド製の物。製造者は不明。左が今は亡き
チェコスロバキア製のトーネットのカフェベントである。

ぱっと見はほぼ同じ。

しかし、、、、

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右がトーネット、左がポーランド製。

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これは右がポーランド製。左がトーネット製。ポーランド製が
足自体のカーブを補うためにやや前に飛び出る形で付いている
のに対し、トーネット製は足自体の曲げ自体で綺麗なカーブが
出ているので足自体は、座面に対してほぼ垂直に付いている。

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右がトーネット製。左がポーランド製。後脚を固定しているボルト
に注目。トーネット製のボルトはがっしり大きいうえに、緩むのを
防ぐためにベロが付いているワッシャーを使っている。

この時代は曲げ木に関する特許自体は無効になっているので
一つのデザインで作ると、周りもこぞってコピーしていたと想像
出来る。しかし、トーネットのこだわりまではコピーしきれなかった
様である。

追伸:このカフェベントがいつデザインされたものか知っている
人はご一報ください。

2009/01/30

「Polyprop」Chair

ポリプロップ・チェアー

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何の変哲もない、良くある椅子。

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今月の13日、ロイヤル・メール(英国の郵便局の総称)から
「British Design Classics」と言うシリーズの記念切手が発売された。
20世紀の英国のアイコン的デザインを10選び、切手のデザインに
した物。

その中に、アングルポイズのランプやダブルデッカー・バス、ミニ
と並んで、この何の変哲もない椅子が堂々と選ばれている。

ロビン・デイにデザインされたこの椅子。ポリプロピレン製である
ことからひっかけて、ポリプロップ・チェアーと呼ばれる。イームズ
のシェル・チェアーにインスピレーションを得て、その当時の最新
技術、ポリプロピレンの注入成型方式を採用。廉価で軽く、耐久
性のある椅子を完成させた。

あまりにも、いつでもそこら辺にある椅子が故に、目を引くことは
ないが1963年の生産以来1400万脚を出荷したと言う。あの
トーネットのNo.14が1930年までに5000万脚を売ったと言うから、
それにか敵わないにしても、すごい数である。

上の写真は、初期のから若干改良されたマーク2と呼ばれる物。

それにしても、きちっと座った時の座り心地が良いのに驚いてし
まう。こんなに良かったのは、もしかするとヴィクトリアンの
キャプテン・チェアー(スモーカーズ・ボウ)に座ったとき以来。

イームズに比べると、あまりにも当たり前の椅子過ぎて、あまり
知られていない。が、実は凄い奴なのである。

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Made in Britainが泣かせる。

2008/10/02

Superleggera Naked

裸のスーパーレジェラ

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あのイタリアのデザイナー、ジオ・ポンティ(Gio Ponti)の1957年に
リデザインした椅子。"Superleggera"、超軽量という名を持つこ
の椅子は、南イタリアの地元の椅子をリデザインしたものだという。

イギリスのカントリー・チェアにも相通ずるシンプルさ。リデザイン
されたものの貫は楕円だが、オリジナルはおそらく丸棒だったの
ではと思われる。

しかし、この椅子トネリコ材が主材だが、座面の部分はブナが使
われている。確かもともとは籐張りがスーパーレジェラの
オリジナルだったはず。この椅子は、タックスのあとが見えるように
もともとはフェイク・レザーが張ってあった。ゴム製のウェビング
(力布)の上に黄麻布、そして(ウレタン?)フォーム。もしかしたら、
この椅子は生地を張るように作られたために、ブナ材が初めから
使われたのかもしれない。

Superleggera2

写真は前足とその組み手を上から見た所。座面の前側の部材に
横から前足が接合されるようになっている。これによって、椅子の
一番のウイーク・ポイントの前後のガタが出やすいのを防いでい
る。さらに面白いことに、この椅子、膠が接着剤で使われている。
この年代の椅子であれば、強度の強いカゼイン系の物が
使われていてもおかしくない。座って、椅子全体がしなるのが
わかるぐらいだから、膠に若干の柔軟性を求めたということも
考えられる。

50年以上前にデザインされた椅子、ふと、ゴッホの絵に出てくる
作りの荒い、藺草(いぐさ)張りの椅子を思い出した。

2008/08/27

骨折した!

骨折した!!

修復士は、極力もともとあるオリジナルの部分を残そうと努力する
ものである。一般にこれが、雑誌等で良く見かける修理との違い
と言われる物。しかし、売るために修復(修理)するのではなく、修復
(修理)される為に持ち込まれた場合、持ち主というものが必ず
存在する。

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上の写真は、リージェンシー時代(19世紀の前半)に作られた、
マホガニー製のエルボー・チェアー(Elbow Chair)の前脚。

おそらく最初に、膠が緩んできて、それでも無理に使ううちに前脚
のいちばん上の椅子枠の前部、側面部からのほぞを入れる部分
に負担がかかり、ヒビもしくは割れてしまい、その後の修理で、
その割れを繋ぐように、上から長いダボが10cmほど差し込まれて
いた。正しい場所に穴が開けられ、ダボが入れられていたら、
これほど悪い状況にはならなかったはず。

既存の張地を一番上以外剥がさずに行ったため、ダボ穴が少し
ずれ、結果としてヒビが入っていた下の部分が完全に割れて
しまっていた事である。その挙句、ほぞ穴の下の部分のところで
脚が完全に折れてしまっていた。人的なミス。

そして持ち込まれた椅子。普通、持ち主はまた座るために修復
(修理)を依頼する。座れるだけの強度とオリジナル部分をどこまで
残せるかのバランスが一番難しい所。結局は上の部分は新しい
部材で継ぎ足すことにした。

私的には、壊れてしまったという例の8割以上が人為的なミスが要因
であると、思う。家具を長く維持させる為には、使う事、しかし、無理
をさせてまでは使わないことなんだろうなあ。

2008/06/28

Oak Bedroom Chair

オーク・ベッドルーム・チェアー

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ヴォイゼー(C.F.A. Voysey 1857-1941 日本語表記ではどんな
文献見てもヴォイジーですね。私の周りのイギリス人の発音聞く
限りはヴォイゼーなのですが、、、。)のデザインした小椅子。

ヴォイゼーはイギリスの19世紀末のアーツ・アンド・クラフト運動
(Arts & Crafts Movement)の代表的な建築家の一人。1857年
生まれの彼は、16歳でカレッジを卒業した後、
ゴシック信仰復興運動の建築家の所で5年以上も修行を積み
ます。その過程で、ゴッシク・リバイバルの建築の中でも有名な、
ロンドンの現国会議事堂を設計・デザインしたピュージン
(A.W.N. Pugin 1812-1852)、イギリスにおけるアーツ・アンド・
クラフト運動の魁となったモリス(William Morris 1834-1896)
の信奉者となります。

イギリスのアーツ・アンド・クラフト運動は大陸のジャポニスムに
続くアール・ヌーヴォーの流れとは一線を画していて、先に述べた
ウィリアム・モリスを中心とした、ヴィクトリアン時代の機械生産
によるマス・プロダクションに対するアンチ・テーゼとしての手作業
の復興運動から始まった物。大陸から影響を全く受けてないとは
言えませんが、サウス・ケンジントン博物館(現ヴィクトリア・アンド・
アルバート博物館)が1900年のパリ万博(エッフェル塔の建った時
です)から30数点のアール・ヌーヴォーの家具を購入した時、
ヴォイゼーは新聞にこんな辛辣なコメントを投書しています。
「アール・ヌーヴォーは全くもって有害で、反感を覚えさせる物だ。」
と。そして、その後のドイツのバウハウスやオーストリアの
セゼッションへと影響を与えることになります。

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この椅子は1900年前後にデザインされた物。オーク製でとても
シンプルな物。背ずりには、ヴォイゼーが好んで使ったハートの
モチーフが使われています。何故ハートか、はっきりはわかりま
せんが、暖かさ、愛、心地よさ、品質などを意図させるハートの
形は、ヴォイゼーが室内環境に求めた物を象徴しているからと
言われています。

一見シンプルなこの椅子、細部はかなりのこだわりが見られます。
使っているオーク材はメインに柾目。座面部の接合部は基本的
にダボ。しかし、3種類の太さの違う物が使われていて、枠前側から
前脚に対しては3本のダボが、枠横側からか前脚へは2本のダボで
両手を組むように交互にダボが配置されています。背ずりの
真ん中のハートのモチーフのパネルは上下が包み蟻型の欠き接ぎ
が使用されていて、見せる接合になっています。シートはイグサの
織り。結構、簡単な構造なので、私が、そのうち、レプリカを作って
みようと密かに思っている物のうちの1つです。

2008/04/19

Campaign Chair

キャンペーン・チェアー

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キャンペーン・チェアー、従軍用の椅子とでも訳すのでしょうか。
ジョージアン、ヴィクトリアン期、日の沈む事がないと呼ばれた
大英帝国が、インドやアフリカでの植民地戦争で主に使われ
たものです。

ジョージアン期はそれこそ、軍の一番上の位の人々だけが
使う事を許された物であったのが、大英帝国が次第に強大化し
ていくと共にハイ・ランクの軍人だけでなく中の位の人々まで
従軍用家具を持って行くようになり、マーケットが大きくなり、
数もかなり大量に作られたようです。

それこそ、日本の戦(いくさ)の感じとは違い、英国軍の幹部は
英国でしていた生活をそのまま戦地に持っていったといいます。
むしろ、英国内での生活より心地が良かったとも。家こそテント
ですが、その中は椅子やテーブル、チェストといった家具から
カーペットや絵画、ワインを飲むためのデキャンタ や食事の為
の銀製のカトラリーまで、大英帝国の威信を示すと思われる物は
全て持っていたそうです。

もちろん、家具などの大きな物はそのまま持っていく事は、
物理的に不可能である為、家具職人が知恵を絞り、2段重ねで
持ち運びに便利なように取っ手などが引っ込んだ形のチェストや
組み立て式の椅子やテーブル等が開発されました。

上の椅子、はっと見るとヴィクトリア中期の俗に言う、バルーン・
バック・チェアーと呼ばれる物ですが、背ずり、後ろ足の部分が
後ろから螺子で止まる様になっており、持ち運びの時は分解
出来るようになっています。(下の写真参照)

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ただ、20世紀初頭の南アフリカでのボーア戦争辺りの
大英帝国の威光が翳り始めた頃から従軍用家具産業も
下火になって行ったようです。

2008/04/15

Smoker's Bow

スモーカーズ・ボウ

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「キャプテン・チェアー」とも呼ばれるこの形の椅子。
1840年頃から1930年ぐらいまで、ロンドン西部、テームズ河
沿いのワイコム(Wycombe)地方を中心に作られたデザイン
だが、もともとはアメリカで発達したロー・バック・ウインザー・
チェアーがイギリスに出戻りしてしたもののようだ。

パブの椅子として代名詞的なスモーカーズ・ボウだが、本来は、
オフィスや公共施設、ホテル、図書館などの什器的な椅子と
して使われていたようである。確かに、がっしりした構造。
ウインザー・チェアーほど背もたれは高くないが、普通に座るの
には十分心地良い椅子。長く座る事を想定して作られた
デザインかもしれない。

私が個人的に、初めて購入したのも、このスモーカーズ・ボウ。
木の座面でありながら、座面が広く、お尻の形に彫り込んで
あるので、抜群の座り心地の良さ。その座り心地に惚れて、
ついついローンで買ってしまった一品(ペアでしたが)。今は、
そのペアは手放してしまったので手元にありませんが、違うの
を未だに使ってます。

普通、楡(Elm)の座面(もしくはブナ)にトネリコ(Ash)、楡(Elm)、
ブナ(Beech)のスピンドルや、脚で作られている。うちで
使っているのも、楡とブナ製である。上のスモーカーズ・ボウ、
座面は従来の楡なのだが、それ以外はイチイ(Yew)で作ら
れている。加工のし難い木のなのだが、磨くと飴色の艶が
出る。西洋では昔から弓矢の弓として使われてきた。

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飴色になった背もたれ。
イチイの木目はえもいわれる美しさである。

一般に、ヴィクトリア時代中期頃までの物は、前から見ると
座面の前縁が驚くほど薄く尖がっている!! 真ん中に行くに
したがって1インチ強(2.54cm)の厚さになるので強度的には
問題ない。この頃から廉価版の機械をさらに使って作った
スモーカーズ・ボウも増えてくる。座面を見ると一目瞭然で、
廉価版は平板をちょっと機械彫りしたような感じで、前縁も
かなり厚ぼったい。ウインザー・チェアーの流れを汲んだ
ほっそりした引き物脚から「ピアノ・レグ(Piano Leg)」と
呼ばれる、鈍重な引き物脚へと移行していく。さらに、20世紀
初頭には従軍用の椅子としても作られたものの脚は、
引き物脚と言うよりは先細った丸棒に筋を刻んで装飾を
ちょっとつけたものと、簡略になっている。

2008/04/05

Italian Painted Chair

イタリアン・ペインテッド・チェアー

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タイトル、恐らく、こう書くと間違いに違いない。

18世紀後半の椅子。この時代、厳密に言うとイタリア
と言う国はまだ存在しない。ローマの法王領より南はナポリ、
シチリア王国、北には、トスカーナ大公国、パルマ公国、
ミラノ公国、ヴェネチア共和国にその後のイタリア王国の
母体となるサヴォイア公国と今のイタリア国内に国々が
ひしめき合っていた。

ルネッサンス以降、様々な国からちょっかいを出されて
きたこのイタリア半島の国々。18世紀のイタリア諸国の
家具のデザインはバロックのデザインを継承しつつも、
基本的なデザインは前半はイギリス・オランダの影響、
後半はフランスからの影響が見られる。

一般にイタリアの家具というと、ペインティング(Painting)、
ギルディング(Gilding)、ウォルナット(Walnut)、
ピエトラ・デュラ(Pietra Dura)と言うイメージ。なぜかと思ったら
ここに答えがあった(Click!!)。

確かに戦力が無ければ、植民地分捕れないし、お金が
無きゃ、良いベニアも買えない。凄く単純な答えだったが、
今まであまりにも見逃していたこの事実。

もちろんこれはイギリス国内でも当てはまる。需要のある
ロンドン、高いベニア買ったって大丈夫。→パトロンがいるから。
しかし、地方の家具職人、高いお金出して、高いベニア買っても
誰もそんな物買わないよ。→必然使わなくなる。

ついつい家具ばかり見ていると、その後ろの社会背景を見逃して
しまいそうになる。家具ほど生活に密着した物はないのに、、、。

さて上の椅子、恐らくヴェネチア製、ウォルナット製のフレームに
装飾した物。ロココの曲線をうまい具合にアレンジしフランス製
とは違う味を出している。個人的には結構好きな椅子の1つ。
ただ、しいて言えば、出来がやや悪いんだよなあ、フランスのに
較べると。でも、人々が木目の美しさより、ペイントの美しさを
取ったのもわからないでもないなあと思うのですが。

2008/03/31

High-back Caned Chair

ハイバック・ケーント・チェアー

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良く日本のアンティーク家具屋さんで見かける、フレームに
植物等の彫刻がある、ほぼ黒に近い濃い目のオーク製の
籐張りの椅子。ヴィクトリアン時代のゴシック・リバイバルの
一番簡略化、廉価ヴァージョンとでも言うのでしょうか。

そもそもこのデザインは、17世紀後半のクロムウェルの
共和制後の1660年からのチャールズ2世、ジェームス2世、
そしてその後のウィリアム・アンド・メアリー期までからの
物。

材はウォルナット。クロムウェルの時代、フランスに亡命
していたチャールズ2世は、芸術にも関心が高く、ヨーロッパ
大陸の流行を、同時に職人達と共にイギリスに持ち込みます。

特に籐張りはインドからの物。1600年の東インド会社の
設立により多くの、アジアの物がヨーロッパに持ち込まれ
るようになる(もちろん逆も然り)。籐張りの椅子が流行り
だしたのは1660年代の事。

木の座面から、やっと張物の椅子が普通になったが、今
のようにスプレー吹いて除菌なんてのなかった時代、椅子
の張物は昔の文献によると埃と虫と蛾の巣窟だったようだ。
それに較べると、清潔な籐張り、さらに1666年のロンドンの
大火災がさらに拍車を掛けた。

ロンドンの3分の4が火災で焼けたと言う。家も無ければ、
家具も無い。その頃普通の椅子と言えば、オーク製で重い。
それに較べ、ウォルナット製の籐張りの椅子は軽く、持ち
運びも楽。さらに、張物の椅子より手間がかからない。と言う
わけで一挙に裕福層の流行となる。

上の椅子は1685年頃の物。世紀末に向け、椅子の背もたれ
は高く、幅は狭く、籐張りの籐はさらに細くなっていく。足は、
ブラガンザ脚(Braganza Feet)と呼ばれる形で、チャールズ2世
の王妃の名前から取られている。弓の形をした正面の貫の
意匠は背もたれの一番上の彫刻と類似している。

ウォルナットと言う材は、オークより目が詰まっているので、
オーク材より、彫刻や引き物に向いていて、さらに色が軽やか
なオレンジ色。共和制が終わり、亡命先から帰国したチャールズ
2世が王座に就き、新しい時代の幕開けと共に明るい、軽やか
な感じが好まれたのであろう。  

2008/01/05

Thonet

トーネット(イギリス人は得てしてソーネットと発音しますが)。

これだけ、巷のアンティーク屋さんで、見ることが出来ますが、
意外に、間違った説明を見かけます。

時々イギリス製という表記を見かけます。イギリスには工場を
持ってなかったトーネット。ですから基本的にはイギリス製
ではないのですが、最近では他の国で作っても、この国で
組み立てする限り、「Made in England」といえるらしいので、
そういう意味では、工場のあったオーストリア、ポーランドや
チェコで仮組みまで終わらせ、フラット・パックに積め、輸送し、
ロンドンの販売店で組み立てて売れば「Made in England」と
いえないこともないのですが、やはり違う気がします。

ただ、19世紀末までにヨーロッパ中に販売店を持っていた
(ウィーン、ブタペスト、パリ、ロンドン、ベルリン、ロッテルダム、
ハンブルグ、ブルノ)トーネット、いまだにそこここで見かけること
が出来、どこで作られたかというよりは、そこで使われていること
に大きな意味があるよう気がします。

さらにパテントの切れた1869年以降、J&J.KOHN社(1867年)、
FISCHEL社(1870年)等の会社が、曲げ木の椅子に手を付け始め
ます。日本でよく見かけるのは、大体20世紀以降の物、大まかな
デザインはさほど変わらないのですが、同じ品番でも19世紀の物
と20世紀の物では細かい点で少し違うようで、あえて言うなら
20世紀以降の物の方がやや簡略化されている感じでしょうか。

それより、凄いのはそのデザインが、いまだに作り続けられ、
いまだに人々に愛されているということ。ミヒャエル・トーネット
自身、自分のことをデザイナーと思ったいたかはわかりませんが、
受け継がれるデザインを生み出したという事はデザイナー冥利に
尽きると思います。

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2007/10/29

Mendlesham Chair

よく一般に知られている、ウインザー・チェアーの中の1つに
メンデルシャム・チェアーと呼ばれる形がある。

俗にサフォーク州のメンデルシャム村が発祥だからと言うのが
名前の由来とされているが、本当の所ははっきりしない。

普通、ウインザー・チェアーはボジャーと呼ばれる木こり(?)
が、木を切り出し、ポールレースと呼ばれる挽き物を作る道具で
脚や、背中のスピンドルを挽き、ちょうなを使って座面を
削りだす。手回しドリルで穴を開け、部材を叩き込む。
それ故に、接合部は大概丸で、ドリスの穴に入るようになっている。

しかし、このメンデルシャム・チェアー座面から下こそは
ウインザー・チェアーのような構造だが、上部はまるで普通の椅子、
ホゾ組みで作ってあったりする。これは、ボジャーの仕事と言う
よりは完全に家具職人の仕事。

ちょうど、200年前ほどのデザインだがなんとも美しいと思えてしまう。
かつて民藝の人たちが認めたように、ウインザー・チェアーは、
本当に和に良く合いそうだ。

写真の椅子は、座面は楡材、その他はきんぐさり(ラバーナム)の
珍しい物。

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2007/10/21

椅子?その1

うちのダイニングのテーブルには、トーネットのアームチェアーと
イギリス18世紀末の椅子、19世紀初頭の椅子が合わせてある。

ラスティックなパインのテーブルなので、少し印象を締めようと
思ってのことでのあるが、、、。

時に友人が訪ねてくる。トーネットの椅子は、認識するが
後の2脚をアンティークの物と認識する友人は(今の所)いない。

それもそのはずで、その椅子、今の椅子となんら変わる所がない。
4本の脚。布、または皮を張った座面。背ずり。木製。
(細かく言えば、古い方はマホガニー製、もう一脚はオーク製)

キチッとレストアされて、使い込まれているので良い色である。
あまりにも普通に溶け込んでいるので、それを美術館の、
または骨董商(アンティーク・ディーラー)のそれと、
見間違うことは十分ありうる。しかし、椅子(家具)は道具である。

使われて始めて真価を発揮する。時々、100年以上の前の椅子は
強度的に座れないなどといった記述を、アンティーク家具屋の
HPで目にするが、それは違う。あの宮大工の方が言ってたように
100年経って育った木は、切られて、製材されて、家具になり
さらに100年持つのである。

この、何百年以上も変わっていない、「椅子」というフォーマット
をどうデザインするか?? 

素材というのは1つの手。木から鉄。鉄から、合金、プラスティック、
紙、樹脂、、、、、その他諸々。木の椅子に対して、曲げた鉄パイプ
構造のカンチレバーの椅子が登場して時は、衝撃だったに違いない。

さて、誰がうちの椅子たちに気付くか私の密かな楽しみだった
りする。こいつは、200年以上も前の椅子に座っているなんて見当
付かないだろうなあと。

Blog1