オークション

2009/07/05

Boulle Cabinet on Stand

ブール・キャビネット・オン・スタンド

世の不況は、金融界や車業界にだけに限ったことではない。
日本でも、ヨーロッパでも失業者の数は鰻登り。業界によって
は仕事があるだけでもましと言うところも少なくない。

今世紀に入って、やや湿り気味のアンティーク家具業界。かの
アンティーク・コレクターズ・クラブ(ACC)が出している
ACCアンティーク家具価格指数(The ACC Antique Furniture
Price Index)。これは1968年の価格を100とし、各時代各スタイル
の家具1400点余りを選び、価格の推移を示す指数である。確か、
2002年まで、30数年あまり指数は毎年上がり続け、その翌年
初めてダウン。その後、どっちともはっきりしない小動きを
繰り返している感じである。

ちなみに2008年の最新の数字では2942。端的にいえば、1968年
に100ポンドで買った家具が、今では2942ポンドの価値になって
いると言う事である。トップエンドの家具は動いているが、
ブラウン・ファニチャーと呼ばれる普通のアンティーク家具は
落ちているのが普通。

この時勢に、はっとするような数字を見かけた。週末から
ヴューイング(下見)の始まったロンドンのクリスティーズ
「Important European Furniture」セール。ある家具に75万から
100万ポンドの落札予想価格が付いていた。100万ポンドと
言えば1億6千万円ぐらいか。円高とはいえ、とてつもない数字
である。

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フランス・ルイ14世時代を代表する家具士ブールによって製作
されたキャビネット・オン・スタンド。真鍮と鼈甲を使った
マルケトリーは、彼の得意とするところであり、その装飾には
彼の名前が冠されブール・マルケトリーと呼ばれる。いくつかの
部分は後年追加されたり、交換されたものだが、メインの部分
は、大体1,680年頃に作られたものだそうだ。300年以上経って
いるとは思えない、出来の良さ。

その昔は、出来た家具を1年程、工房に保管して材の縮や、割れ
等をチェックして出荷したと言う。そうやって作った家具である
から、強制乾燥させて製材してすぐ家具になってしまう今の家具
とは違って、きちっと直すと、また20~30年はしっかり使える。
普通の家に合うかと言うと、少し返答に困るが、地球に優しい
と言えば優しいかも。まあ1憶する家具を壊れたからと言って
捨てる人はいないと思うけど、、、。

2008/06/05

Dundas Chair

ダンダス・チェアー
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ダンダス・チェアーと暫定的に呼んでいますが、ダンダス卿の発注で
製作された8脚のアームチェアー、4脚のセティのセットの事。
この1764年から、納品された翌年にかけて作られたこのセット、
英国の家具の黄金期と呼ばれるジョージアンの時代の特に著名な
建築家/デザイナーと家具作家/デザイナーの最強の
コラボレーションによって誕生しました。

建築家はロバート・アダム(Robert Adam 1728-92)、家具作家は
トーマス・チッペンデール(Thomas Chippendale 1718-79)。

ロバート・アダムはヨーロッパ大陸からイギリスに新古典主義の波を
もたらした立役者。彼のデザインは、建物だけに及ばず、インテリア、
カラー・スキーム、そして家具までをも含みます。北ロンドンの
ケンウッド・ハウス(Kenwood House)やヒースロー空港に行く途中に
あるオストーリー・パーク(Osterley Park)などで、それを見ることが
出来ます。

トーマス・チッペンデールはイギリスの家具をちょっと齧った人なら
恐らく誰でも知っている名前。彼の「ディレクトリー(Gentleman and
Cabinet Maker's Director)」は最初の家具カタログとして、
イギリス国内、ヨーロッパ、そして遠くアメリカの家具にまで影響を
及ぼしています。

さてその2人のコラボレーション。まあ、コラボレーションと言うよりは
アダムがチッペンデールに顧客の為に自分のデザインした家具の
発注した、と言うのが正しいのでしょうが。

ダンダス卿の父はエジンバラの織物商、18世紀中頃から、裕福な
家庭ではインテリア・デコレーションがステイタス上重要な物に
なって来たのに伴い、財を成し、息子を良家の女性と結婚させ
ロンドン進出を図ります。上の椅子のセットは、そのロンドンの
邸宅の為に発注された物。ブナとウォルナット材の彫刻に
オイル・ギルディングが施されています。張り地は、ダマスク織り。

この椅子に、彼は布地代、張り代を除いた、アームチェアーの
フレームの完成品に20ポンド払っています。この時代の20ポンド、
ある程度の熟練工が月給2ポンドぐらいの時代、彼らの年収弱の
値段の椅子、かなりその当時でも高価だった事が伺えます。

ヴィクトアン・アンド・アルバート博物館にも一脚所蔵されている、
この椅子。18日の「Exceptional Furniture」とタイトルの付いた、
ロンドン・クリスティーズで競売にかけられます。ペアで
予想落札額は3億円から5億円。これが安いのか、高いのか
下見の時に確認してみるのも面白いかもしれません。

2008/03/20

運慶作坐像その後2

この大日如来、運慶は25歳の時に奈良の円成寺でも彫っている。
彼のデビュー作ともいえる物で、三越が落札した物と同じく智拳
の印相(いんぞう、手の形)をしている。さらにこの像、仏師が自分
で彫った作品に署名をした現存最古の例としても知られている。
まだ駆け出しだった運慶は仏師であった父の康慶の名と共に
「大仏師康慶/実弟子運慶」と蓮台の裏側に墨書きがしている。

このオークションのカタログのX線写真を見ると面白い事が
わかる。そもそも、仏像の構造をあまり知らないのだが、大きく
別けて、一木造(いちぼくづくり)、割矧造(わりはぎづくり)、
寄木造(よせぎづくり)の3種類がある。

一木造はその名の通り、一本の木から彫り出す物、寄木は
材を寄せ合わせて作る方法。そう、この三越像は割矧造で
作ってある。この方法はもともとは一木造と同じだが、表面の
干割れを防ぐ為に、材を縦に真っ二つに割り、中を刳り貫くと
言う荒業が施される。

X線写真では横から見て前から約3分の2のところで縦に割ら
れている。中を刳り貫き、卒塔婆型の銘札や水晶の玉を
収めた後、恐らく、漆などで接着されいくつもの鎹(かすがい)
で上から下まで留められている。

腕は肩から接合と釘で固定され、肘からはまた違う部材、
手首でまた接がれ、手は智拳の印相をしている。脚はまた
違う部材。つまり、頭、体のメインの一本に10近くの部材が、
接がれている事になる。

さて、本当に運慶の作であれば、まず間違いなく中の銘札に
署名や誰による注文で、どのお寺の為に造られたかが書か
れているだろう。しかし、封印がしてあって、恐らく700年余りが
経つ今でも手付かずのままである。なんとか、封印を解かず
に中が見れる方法は無いだろうか??

どちらにしても中身に関しては、乞うご期待で、三越が落札
したと言ってもあくまで日本人の顧客からの代理、その個人の
方から、国立博物館に永久ローンと言う形で展示してもらえる
と良いのだが、、、、、。

2008/03/19

運慶作坐像その後

ニューヨーク 18日 ロイター

火曜日に、ニューヨーク・クリスティーズで三越が14,377,000ドル
で落札した木製の仏陀の仏像が新しく日本美術関連における
オークションでの最高落札額の記録を更新した。

この最近発見された運慶が作ったと思われる高さ66cmの
大日如来の像、ニューヨーク・クリスティーズの日本・韓国美術
セールで1,500,000ドルの参考落札価格からスタート、最終的に
はほぼ10倍もの値段で落札価格された。

「歴史は作られた!!」クリスティーズの日本・韓国美術の
インターナショナル・ダイレクターのKatusra Yamaguchi氏は
語った。

「日本美術のコレクターの関心は高く、世界中からこの歴史的
なセールに参加するためにやってきた。」

いままでのアジア美術の最高落札価格は12600000ドル、この
火曜日の坐像の落札額(クリスティーズのコミッションを含む)
はニューヨークにおける、アジア美術最高落札額を樹立した。

このヒノキ製の坐像、1190年代、初期鎌倉時代の最高の仏師の
一人運慶作と思われる。北関東の個人所有で、以前は
18世紀後半、19世紀前半はお寺に収められていた。仏教美術の
ディーラーに売られるまではほとんどその存在を知られていな
かった。

12月サザビーズで57,000,000ドル落札された、古代のとても小さい
メソポタミアの像が彫像、古代の遺物関連では最高額である。

記事→

(意訳:quilastudio)

2008/03/08

運慶作の坐像

運慶作の坐像

今月の18日、ニューヨークの某オークション・ハウスで鎌倉時代の
仏師、運慶作と見られる大日如来坐像が競売にかけられると言う。
エスティメート(落札見込み金額)は150万~200万ドル。億を越
える金額である。

現在は個人所有の坐像、出所はあまりはっきりしないとされている
が、他の像との類似性から見て、今は廃寺になり国指定史跡と
なっている栃木県足利市の足利氏2代目の足利義兼が創設した
同市の樺崎寺に安置されていた物と見られている。

2003年には現在の所有者から東京国立博物館の仏像担当者へ
調査の依頼があり、内部のX線写真により五輪塔の形をした木札
や水晶の玉が収められている事がわかっている。通例、この当時の
仏像には署名が内部に行われている事が多く、封印してある内部を
開けると作者がはっきりすると思われる。

これに伴い足利市の文化課の担当者が海外流出を防ぐ為の対策を
国に求める署名運動を始め、「何とか海外への流出を防ぎたい。」と
している。

以上がことの概略であるが、起こっているのが民主主義、自由貿易
の国である以上、国が国をもってしても、この坐像(仮に外国人が
買った場合)が海外に流出をする事をただ単に止める事は不可能
だと思う、ただ1つ購入すると言うオプションを除いては、、、。

例えば、イギリスで同じ事が起こった場合、オークションである金額
で落札され、海外に持ち出される事がわかった時点で、その物が
英国の文化に関連する物とみなされれば、一定期間輸出にストップ
をかける事が出来る、その落札金額で購入する権限を持つことが
出来るという条例がある。しかし、その購入資金が国庫(つまる
ところ国民の税金)から出るわけではない。献金なり、募金なりを
行い、お金をかき集めるのである。(詳しくは以下の記事参照

昨年あった、多大なチッペンデールの家具のコレクションを擁する
ダムフリーズ・ハウスのハウス・セールでは、カタログを作り、日程を
決め、しかしオークション自体はキャンセルになった。現所有者として
はお金が必要、しかし、これを守りたい人々もいる訳で、その両者が
満足いく解決法が提示できれば、オークション自体も止めてしまった
とう例である。(詳しくは以下の記事参照

特に、ダムフリーズ・ハウスの資金集めにはプリンス・チャールズも
かなり貢献した一人だそうだ。(もちろん資金を提供すると言う意味で)

個人の私見としては、国が買い上げると言うのは無理だと思う。国宝
や重要文化財として指定されていなければ、国庫から資金を捻出
するのは無理であろう。しかし、現時点で、現所有者を納得させる
だけのお金が提示できれば、オークションにかける事自体から引く事
は可能である。

要はどこからお金を作り出すか??

イギリスの不思議な所、最後に何故か集まってしまうのである。
お金持ちがお金の使い方を知っているのか、税金対策の一環なの
かはさておいて、何とかしたいと言う署名と同時に募金、献金も同時
にすべきなんだろうと思う。もちろん、そうするのであれば、僕も
したいと思う。


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2007/12/19

Savoy

ロンドンのサヴォイ・ホテル。

あの映画「ノッティング・ヒル」のラストで出てきた
あのホテルである。

今日から3日にわたり、老舗のオークション・ハウス
ボナムの主催で、ホテル内の備品、カーテン、家具
カーペットから、食器までのオークションが開かれている。

アール・デコのインテリアのサヴォイ。大体の物
はせいぜい70年ぐらいたったものだろうか。骨董的
価値というよりはロンドンの歴史の一部分という価値
という感じだろう。

チャップリンが寝たベッド、シナトラが弾いたピアノ、モンロー
が会見時に座った椅子。そういった、歴史の生き証人としての
ホテル、そしてその備品たち。世界中からバイヤーが
集まってくるのも容易に想像できる。

悲しいことながら、今まで一度もサヴォイに入ったがなかった。
うーん、残念。

このオークション後、18ヶ月の改装に入り、2009年にオープンの
予定だという。

Savoy